イベント会場でインディレザーの革製品を初めて見た瞬間、「なんてカッコイイんだ!」と、思わず足が止まりました。これまでに見たことのないような革製品です。
デニムと革の組み合わせや、独特の凸凹がある革の質感に目を奪われていると、作り手の唐下正典(とうげ まさのり)さんが声をかけてくれました。
「福山市内や備後地域で駆除されたイノシシの革を藍で染めているんです」
イノシシ。ツルリとした牛革でも柔らかな山羊革でもなく、野性味を感じさせる革です。それを藍で?初めて聞く組み合わせです。
この革が生まれた背景を知りたくて、お話を聞いてきました。
記載されている内容は、2025年12月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
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目次
インディレザーの革製品

「インディゴ」×「レザー」をブランド名に冠したインディレザー。その代名詞のような製品がこの名札ケースです。表には福山のデニムを、裏には生成りのイノシシ革を使っています。
害獣として駆除されたシカやイノシシなどの野生動物から得られた革を「ジビエレザー」と呼びます。駆除された野生動物のうち、肉の一部は食用に利用されていますが、皮は捨てられていました。命を無駄にせず革も利用しようとして、ジビエレザーが作られているのです。
「できるだけ地元の素材を使いたいと思っていたときに広島県内のジビエレザーを知り、生成りのイノシシ革とデニムを組み合わせて名札ケースを作りました。それがきっかけで、地元でイノシシの駆除をしている人とつながりができ、今はその人の縁でイノシシの革を仕入れています」
野生動物の革なので、個体によって大きな差があることもジビエレザーの特徴です。インディレザーでは、ジビエレザーの個性をいかした革製品を作っています。
名札ケース専用のネックストラップには、福山市神辺町の有限会社藤井リボン工場の真田紐を使ったものが用意されています。こちらも福山ならではの製品です。
「この間、3年使った名札ケースを持ってきてくださったお客様がいたんです。革がすごくいい飴色に変わっていました。これがその写真です」(唐下さん)

3年経つと生成りの革が味のある飴色に変わる
ジビエレザーのオリジナリティをさらに高めるために、山野町の藍屋テロワールと協力して作りだしたのが、「藍染ジビエレザー」です。




落ち着きのある、深い藍の色に惹き込まれます。
ジビエレザーだけでなく、イタリアンレザーを使った製品もあります。
ベルトにくぐらせて留められるスマートフォンホルダーは、まさにスマート。出し入れもしやすそうです。

「内側にはスマートフォンを傷つけない、柔らかい革を使っています。蓋に付けているのはシルバーのコンチョ(装飾ボタン)で、銀の円板からプレスして作っているんです。インディレザーの製品には、このコンチョをブランドのしるしとして付けています」(唐下さん)
こちらの名刺入れを見せられたとき、筆者はさらに驚きました。

注目すべきはマチの部分です。「積み革マチ」といい、革を積み重ねて作られています。
「革靴の踵の部分が層になっている感じが好きなんです。あのイメージで、革を7〜8枚重ねました。厚いので、1つずつ菱錐(ひし形の穴を開けるキリ)で穴を開けてから針を通して、手縫いで作っています」(唐下さん)
非常に手の込んだ、そして美しい名刺入れは、大切な人の門出の贈りものに似合いそうです。

藍染ジビエレザーができるまで
藍染ジビエレザーがどのように作られているのかを知りたいとお願いし、藍染の工程に立ち会わせてもらいました。
藍屋テロワールとのコラボレーション
山野町にある藍屋テロワールの工房に入ると、独特の発酵臭を感じます。不快なものではなく、どこか懐かしさを感じるようなにおいです。
藍屋テロワールは、藍の栽培から「すくも」作り、染めまでを一貫しておこなう、国内でも数少ない工房のひとつです。

微生物が働きやすい温度になるよう、寒い時期は液を20~25℃くらいに加温している
藍屋テロワールの藤井健太(ふじい けんた)さんは、イノシシ革を手に取って、言いました。
「綿や麻といった繊維に比べると、革は染まりにくいですね。藍染液に浸ける時間を少し長めに取りましょう」

藍に染まった手は藍屋の証だ

「どうでしょう。もう少し濃いほうがいいですか」
「そうですね」
「じゃあ、もう1回、浸けます」
藤井さんと唐下さんは染まり具合を確かめながら、ジビエレザーを染めていきます。






藤井さんの手で、イノシシ革は美しい藍色に染まりました。しかし、これで終わりではありません。
藍染後の加工も重要
革を染色したあと、そのままにしておくと革が硬くなり、ひび割れをしてしまいます。それを防ぐために施すのが、オイル加工です。
唐下さんは藍に染まった革を濡れたまま持ち帰り、少し革を乾かします。そして、革が完全に乾ききらないうちに、自宅の工房で床面(裏側の面)から筆でていねいにオイルを塗りました。

その後、銀面(表側の面)にローラーをかけて落ち着かせたあと、色移りを防ぐために透明のトップコート(染色加工の最後に施す上塗りのこと)を塗ります。

藍染と革の処理を経て、ようやく藍染ジビエレザーが完成しました。

公務員からレザークラフト作家に転身

機械の修理やカスタムなどを趣味としながら公務員として働いていた唐下さんが、レザークラフトに出会ったのは2017年(平成29年)でした。
定年延長をすると65歳まで働ける環境でしたが、「新しいことを始める体力があるうちに、楽しいと思えることをしよう」と、2022年(令和4年)4月にレザークラフト作家に転身しました。
デニムを使った名札ケースの着想を得たのは、公務員のときだったそうです。
「趣味としてレザークラフトを楽しんでいたときはイタリアンレザーを使っていたのですが、独立するなら地元のものを使いたいと思っていたんです。そうして出会ったのが、イノシシの革でした。
その頃、デニムを使った新しい商品のアイデアコンテストがありました。職場で毎日使っていた名札ケースを見て、デニムとイノシシの革を組み合わせて作れば福山らしいものができると思いついたんです。それで、コンテストには応募せず自分で作り始めました」

その後、よりオリジナル性を高めたいと考えてたどり着いたのが、藍染でした。
「レザークラフトを始めた頃から、藍染の牛革があることは知っていました。でも、かなり値段がするのでいろいろ調べたところ、福山市内で藍染をしている藍屋テロワールさんを見つけたんです。イノシシの革と藍染を組み合わせれば、地元らしいものができるのではないかと、試しに染めてもらいました。
革を渡して藍染をお願いすればすぐ使えると簡単に考えていたのですが、染めた革が乾いた後にすごく固くなってひび割れてしまって。オイル加工や色移りを防ぐためのトップコートが必要でした。また、イノシシの体の部位によって、固くなる部分があることもわかりました。
使えない部分を染める前に切り落としたり、加工を工夫したりといった試行錯誤を経て、ようやく使える藍染ジビエレザーになったんです」
今後は財布やバッグなども作っていきたいと、唐下さんは目を輝かせます。
「2024年にはHITOTOITOのデニムスクールで、糸やデニム、縫製などについて基本から学び直しました。デニムの生地が洗い作業を想定して作られていることや、縦糸と横糸の組み合わせでいろいろな表情が出ることなどを知ったので、これからの作品にいかしたいですね」
唯一無二のレザークラフトの魅力

藍染ジビエレザーを作るのは、イタリアンレザーを仕入れるよりもコストがかかるそうです。しかし、地元の素材をいかしたものづくりをすることには、大きな意義があります。
野生のイノシシの状態も、生き物である藍が作りだす色も、そして人の手によって生まれる製品も、決して一定ではありません。一つひとつに個性が出るところも、藍染ジビエレザーのおもしろさだと感じました。
インディレザーの革製品を見るには、市内各地で開催されるイベントの出店を狙って直接足を運ぶほかに、次のところがあります。
福山ならではの素材と技術を掛け合わせ、新たな価値を生み出そうとする唐下さんの挑戦。その結晶であるインディレザーの製品を手にすることは、地元の魅力を再発見し、愛着を深めることにもつながるでしょう。
福山の風土が生んだこの革製品が、これからどのような形で地域に根付き、愛されていくのか。その進化に注目していきたいと思います。
































