福山市松永町にある「TATSUKIぱん」は、お客が4人も入ればいっぱいになる、小さなパン屋です。店内には、ふんわりと柔らかいベーグルや、かわいいきのこ型のパンなど約50種類が並んでいて、毎回どれにしようかと迷ってしまいます。どれを選んでもおいしく、お気に入りのパンがどんどん増えるのが筆者の切実な悩みです。
2025年10月には、2店目となる「tatsuki BAKE(タツキベイク)」が尾道本通商店街にオープンしました。これらの店を展開する岡田産業株式会社 代表取締役の岡田直樹(おかだ なおき)さんは、フランス料理のシェフ、プラスチック研磨会社社長、そしてパン屋と転身してきた人です。
岡田さんがたどった道に迫ります。
記載されている内容は、2026年2月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
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目次
「1週間のご褒美を買いに」お客が訪れるパン屋

工場の駐車場の一角に建つTATSUKIぱん。店内には、さまざまなパンが並びます。
「基本的にすべて手作りで、添加物は使っていません。自家栽培の野菜や地元の食材を使った『おかあさんが子どもに食べさせたくなるパン』をテーマにしています。
ベーグルは普通よりも柔らかいので幅広い年齢層に食べやすいですし、コロンとしたきのこ型のパンも人気です」
と岡田さん。

金曜日の朝、パンを買った人たちに話を聞きました。
「住まいは少し離れているのですが、1か月に1回くらい、ここを目指してきます。開店してすぐの時間に来られるときは、直接選ぶのが楽しみです。遅い時間にしか来られないときは、売り切れてしまうので予約しています。今日は、子どもたちと一緒に食べるので6個買いました。お気に入りは抹茶あんこの食パンです」

次の人は、近くにお住まいとのこと。
「2か月に1回くらい、ひたすら食べたくなって買いに来ます。種類が多くて飽きないし、味が濃すぎないので食べやすいんです。今日は、新作の台湾バーガーとパニーニ、あんこを使った和風のパンなどを選びました」

最後に話を聞かせてくれた人は、毎週金曜日に来る常連さんです。
「子どもがここのバスクチーズケーキが大好きなので、毎週来ます。自分用にもちょっと高級なパンを1週間のご褒美として買い、食べて元気を出すんです。サンド系やチョコレート系がお気に入りですね」

3代続く工場の危機を打開するため異業種へ参入

岡田さんの祖父は、下駄のまち松永で下駄を作る会社を始めました。
下駄の需要がなくなると靴のかかと部分を作るようになり、続いて車のマット製造、車のプラスチック部品の研磨と、時代の波に乗りながら仕事内容を変えてきました。
プラスチック研磨とは、プラスチックの表面を磨く加工です。ドアの取っ手のようなプラスチックの部品を作る際、金型の合わせ目に沿ってできてしまう線や傷などを削ってきれいにするには、特殊な技術が求められます。
その仕事が軌道に乗り、それまで別の仕事に就いていた父親が会社を継いだのは、岡田さんが高校生のときでした。
しかし、岡田さん自身は家業に入る気はなく、調理師の資格を取ってカフェやホテルのレストランで10年ほど働きました。
フレンチのシェフから家業へ

岡田さんがフレンチのシェフとして副料理長を務めていた2010年頃、父親が病に伏しました。ちょうど家業の忙しい時期だったため、岡田さんは午前中は工場の仕事をし、午後はホテルで料理をする日々を過ごします。
しばらくして父親から「本格的に工場を継いでほしい」と言われたとき、岡田さんには「料理長にならないか」との声もかかっていました。
「料理の世界では十分に自分の仕事を認めてもらえた、やりきった、と感じました。それでスッパリ料理をやめ、家業に入ることにしたんです」
家業を継いで10年ほど経った2020年、社会は大きく変わります。
自動車業界では、車のモデルチェンジに合わせて2年先の仕事が決まります。しかし、コロナ禍で自動車業界は大きな打撃を受け、今後6年分の仕事が未確定な状態になってしまったのです。
「このままでは従業員の生活が守れない、なんとかしなければと思いました。
僕にできることは料理しかない。しかし、レストランやカフェは新型コロナウイルス感染症で打撃を受けている。それならテイクアウトできるパンがいい。
その頃流行していた高級食パン路線ではなく、なにか特化したものを提供する『目的地となるパン屋』にしよう。そう考えたんです」
特化のために取り入れた型と酵母

岡田さんが1人で作るのなら、どのような複雑な形のパンでも作れました。しかし、従業員たちが無理なくできる工程を取り入れなければ、意味がありません。
岡田さんは型に入れればできるよう、他ではあまり見かけないコロンとかわいいフォルムのきのこ型のパンを1つの柱に決めました。もうひとつの柱は、ベーグルです。

車の部品からパンという異業種へ参入することに、従業員の違和感はなかったのでしょうか。
「従業員からは、やっと飲食のほうに行く気になったのか、と言われました。どうやらみんな、いつかやるんだろうと思っていたようです」
と笑う岡田さん。
「できたものをみんなに試食してもらって、どんどん意見をもらいました。作ったものが全部ダメ、みたいなことも何度もありましたよ」
転機となったのは、偶然「バラ酵母」に出会ったことでした。
「町中でのぼりを見た瞬間にビビッときたんです。なんだこれ、福山産のバラ酵母なんてものがあるのか、これでパンを作ったら特徴のあるものになる、と思いました」

ベーカリーカフェで天然酵母を使っていた経験がある岡田さんは、この酵母の力に目を見張ります。
「バラ酵母といってもバラの香りはなく、パンの邪魔をしません。酵母自体にうまみがあるし、なにより小麦の味を引き出す力が強い。生地を練ったときの香り、パンのうまみ、どれも他の酵母とはまったく違いました」
1か月ほど夢中で試作をし、従業員たちを納得させるパンができました。
そうして2022年3月、岡田産業の駐車場の一角にTATSUKIぱんがオープンしたのです。
メディアへ積極的に露出、人気店に

「工場の稼働を続けながら従業員の生活を守るために異業種へ参入し、週末だけ営業するパン屋」。そのストーリーに注目したテレビや新聞などからのオファーを、岡田さんは積極的に受けました。知名度は一気に広がり、お客は次々とTATSUKIぱんを目指しました。
筆者もオープン直後に何度か訪れています。最大4名までの入店制限をしていて、20人ほどの行列ができていました。閉店時間の午後5時を待たずに売り切れ、お昼過ぎには閉まってしまう人気でした。
ストーリーに興味を持ったお客は、次はその味に魅了され、また足を運びます。毎週新しいパンが登場し、いつ訪れても飽きないのです。

「産直市へ足を運んで新鮮な野菜や果物を見ていると、あれも作りたい、これも作りたいとどんどんアイデアが浮かびます。それをすぐに形にしているだけで、新作を作る苦労はまったく感じません。
平日は従業員にキッチンで仕込みをしてもらい、僕は工場で仕事をします。そして週末に僕がパンを焼く、というスタイルで営業を続けました」
二度目のピンチでパンに完全転換

2025年、トランプ政権が課した高い関税によって、自動車産業はまたもや大打撃を受けました。翌月から始まる予定だった仕事が半年先に延び、決まっていた仕事もすべて流れ、岡田さんは再び従業員を守るための決断に迫られました。
「従業員たちはパン作りに十分慣れ、売り上げも伸びていた。そのタイミングで、尾道の空き店舗を使わないかという話がきたんです」
プラスチック研磨業を手放してパン1本に絞ることにしたのは、この年の6月でした。
tatsuki BAKE オープン

2025年10月にオープンした「tatsuki BAKE」は、贈り物にできる焼き菓子もほしいとの声を反映させた店です。

豊富な焼き菓子
店内にはクッキーやフィナンシェ、カヌレなどが並びます。オーブンから漂う香りに誘われて、地元の人だけでなく観光客も多く訪れるそうです。



とくに人気が高いのがカヌレです。
焼きたてのカヌレは、外がカリッと香ばしく中がふわっ。「これがカヌレ?」とイメージが変わりました。

フィナンシェきのこが並ぶケーキスタンドの前では、お客が足を止めてじっくり見ていました。手描きのきのこの顔はすべて違う表情で、お気に入りを探してしまいます。

看板メニュー「ケソンジュアク」

tatsuki BAKE の看板メニューは、韓国の伝統菓子ケソンジュアクです。
「中四国ではおそらくここでしか買えません。
本来はもち米と小麦粉をマッコリで練って発酵させ、油で揚げて水あめをトッピングしたお菓子です。
バラ酵母で発酵させてモチモチ感を高め、揚げたあとにシロップに漬け込むようにしました。シロップやトッピングを変えれば、さまざまなケソンジュアクを提供できます」(岡田さん)


要望に応えパンも販売

地元の人の要望に応え、パンも販売するようになりました。岡田さんは午前3時から2店舗分、1日に約600個のパンを焼きます。
「お昼ご飯を求めて来られる人が多いですね。今後は松永の店舗にはないバゲット系などのパンも増やし、さまざまなことに挑戦したいと思っています」



とにかく楽しんでもらいたい

「フランス料理の前菜は『わぁ!』と言ってもらうことがテーマです。その感覚を、パンやお菓子で感じてほしいんです」
毎週出る新作のパンも、ていねいに作られたお菓子も、すべてが岡田さんの「楽しんでもらいたい」との思いからできていることに、気づかされました。
「将来的には、パスタなどの料理も出せる店もできたらいいなと思っています。けれども今は、2つの店に全力を注ぎます」

惣菜系のパンやサラダに使う野菜の中心は、岡田さんの父親が畑で育てたものです。母親は洗い物を、妻の亜美さんはSNSの発信と店頭での接客を担当しています。TATSUKIぱんの味は家族の総力でできているから、温かく優しいのかもしれません。
今日もあちこちで、TASTUKIぱんのパンやお菓子を食べた人たちの「わぁ!」という幸せな声が上がることでしょう。
TATSUKIぱんのデータ

| 名前 | TATSUKIぱん |
|---|---|
| 住所 | 福山市松永町3丁目11-2-28 |
| 電話番号 | 084-933-5487 |
| 駐車場 | あり |
| 営業時間 | 午前10時~午後5時 (売り切れ次第終了) |
| 定休日 | 月、火、水、木 TATSUKI Bakeは水・木定休、午前11時~午後5時の営業(売り切れ次第終了) |
| 支払い方法 |
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| 予約の可否 | 可 |
| 座席 | |
| タバコ | |
| トイレ | なし |
| 子育て | |
| バリアフリー | |
| ホームページ | TATSUKIぱん |




























