備後絣(びんごかすり)の流れをくむ、福山市の繊維産業。
とくにデニム生地の生産量は、全国一を誇ります。
福山デニムをもっと知ってもらうため、福山市とデニム事業者、大学生たちが考えたのはデニムとアートの掛け合わせでした。
個性豊かな5人のアーティストを福山に招いて実施された「デニムアートプロジェクト」を取材しました!
目次
デニムアートプロジェクトのデータ
名前 | デニムアートプロジェクト |
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期日 | 2023年3月24日(金)~26日(日) |
場所 | |
参加費用(税込) | |
ホームページ | デニムアートプロジェクト:公式Instagram |
記載されている内容は、2023年5月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
福山に5人のアーティストが集結!
福山デニムにかかわる人々が大切にしている言葉に「緒(いとぐち)」があります。
緒とは、糸の端、糸の先のこと。
糸を布にしていく工程のはじまりが緒であり、「きっかけ、はじまり」という意味にも使われています。
デニムアートプロジェクトでは「緒」をテーマに、全国からアーティストを募集。
応募者総数88人のなかから5人を選び、2023年3月24日(金)~26日(日)にワーケーションイベントを実施しました。
ワーケーション1日目:デニムの魅力に迫る
3月24日(金)、5人が福山に到着。
福山市新市町のデニム事業者から、デニムの構造やデニムの加工を学びます。
テンセルデニムを中心に多くの生地を生産する篠原テキスタイル株式会社で、デニム生地の縦糸と横糸の絡み方を観察したり、デニムの経年劣化が起きるメカニズムなどを教わったり。
株式会社四川では、デニム製品の加工や仕上げについてのレクチャー後、実際にヤスリがけを体験してもらいました。
こだわってヤスリがけした生地で作ったトートバッグは、それぞれの持ち味がでていますね。
ワーケーション2日目:鞆の浦 旧中村薬局で作品展示会&ワークショップ
3月25日(土)は福山市鞆町の旧中村薬局を会場に、3つのコンテンツを実施しました。
1つめは、5人のアーティストたちの作品展示会です。
5人にはあらかじめデニムのキャンバスを送り、作品を作ってもらっています。
並んだ5枚の作品は、どれひとつ同じようなものがありません。
実際にアーティスト本人から絵の解説をしてもらいながら作品を間近で見た経験は、訪れた人たちの心に強く残ったことでしょう。
アーティストたちが普段と違う素材であるデニムに、どう取り組んでいったのかについては、この後詳しく紹介します!
2つめは、巨大なデニム生地のキャンバスに絵を描くワークショップです。
まず、こんな大きなキャンバスに絵を描ける体験なんてなかなかできるものではありません。
しかも、アーティストさんたちと一般の来訪者が同じキャンバスに一緒に絵を描けるのですから、ワクワクしますよね。
子どもたちを中心に、夢中で絵を描く人が絶えることはありませんでした。
3つめは、デニムのミニキャンバスづくりのワークショップ。
福山市立大学の学生たちがサポートしました。
木枠にデニム生地を張って、小さなキャンバスを作ります。
できたキャンバスに絵を描いて、世界にひとつだけの作品が生まれました。
どちらのワークショップでも、篠原テキスタイル株式会社とカイハラ株式会社がデニム生地を提供しています。
水を使わない布用絵の具「かけるくん!」はソメラボ(岩瀬商店)の提供です。
参加した人たちに感想を聞きました。
- 絵を描くのはとてもたのしかった!
- アーティストさんの絵を近くで見ると迫力があった
- 素敵な絵ができてうれしい
デニム×アートの体験が、訪れた人たちの心にほっこりとあたたかな火を灯したようですね。
ワークショップ後、学生たちの案内でアーティストたちは鞆の浦散歩を楽しみました。
また、アーティストと学生、地域の人たちとの交流を兼ねた夕食会もおこなわれました。
ワーケーション3日目:iti SETOUCHIで作品展示会&ワークショップ
3月26日(日)は「デニムの日」のイベントに参加しました。
アーティストたちの作品とともに、巨大デニムのキャンバスも鞆町からiti SETOUCHIに移動。
こちらの会場でも多くの人たちがキャンバスに想いをのせていきます。
こうして、アーティストと多くの来訪者たちが共同で描いた巨大デニムアートが完成しました!
5人のアーティストはどんな人?
デニムアートプロジェクトに参加した5人のアーティストとは、どんな人たちなのでしょうか。
その横顔とともに、今回のプロジェクトや作品への想いを紹介します。
現代美術家・画家 鈴木誌織(すずき しおり)さん
東京在住の鈴木誌織さんの作品は「思考の森の散歩者の為に」です。
鈴木誌織さん
私は、考えるときに歩き回る習慣があるのですが、自分の思考の中に入っていくことは森の中に入っていくイメージに似ています。
それが「思考の森」シリーズのモチーフとなっています。
歩き回るときに着るデニムは、私の「思考の森」の素材に適しているように感じました。
デニムを作っている人の想いや、デニムそのものについてもっと知りたくて、このプロジェクトに応募したのです。
実際にデニム工場を見学し、私がやりたいこと、表現したいことはまさにこれだと思いました。
デニムは私の作品にピッタリ合う素材です。
今はとにかく、デニムを素材に次の作品を早く作りたくてソワソワしています。
線描画家・水彩画家 PAMPER PARTY(パンパー パーティー)さん
北海道から参加のPAMPER PARTYさん。
福山市の花である菊がデニムのキャンバス上に咲く「◯△▢」。
PAMPER PARTYさん
頭の中のロジックを絵で表現していくようにしています。
今回のプロジェクトの募集ページを偶然見つけ、緒というテーマに惹かれて応募したんです。
デニムのキャンバスを使うと、表現の可能性が広がると感じました。
デニムにはすでに色がついていますし、この色を抜くこともできます。
工場を訪れて、デニムを作るには多くの工程があること、デニムには人の想いや歴史が入っていることを知りました。
そのデニムに絵を描くのは、デニムにかかわる人たちと会話することです。
とても楽しい素材に巡り会えて、うれしく思っています。
現代アーティスト 松岡裕喜(まつおか ゆうき)さん
アートギャラリーやファッションブランドも展開している松岡裕喜さんは、兵庫県姫路市を拠点とするアーティストです。
作品は「やまごんと龍頭の滝」。
松岡裕喜さん
ファッション業界に長くいるので、デニムはもともと関心のある素材でした。
福山市のことをいろいろ調べていくうちに、福山市山野町にある龍頭の滝、そしてその周辺に出没したとされる未確認生物「やまごん」の存在を知りました。
さらに調べると、同じ広島県の庄原市(旧比婆郡)には「ひばごん」、三原市久井町には「くいごん」がいて、それらがお土産になったり町おこしに使われたりしていることもわかりました。
けれども、やまごんはまだ地元の人にさえ周知されていません。
正解だらけを追い求める時代だからこそ、こういった不確かなものにロマンを感じたいし、心を踊らせたいと思いました。
デニムアートプロジェクトを通じて、まだ知られていない福山市の魅力を発信していきます。
今回制作した作品、「やまごんと龍頭の滝」が未来への【緒(ものごとの始まり)】になることを願っています。
現代アーティスト 松岡龍一(まつおか りゅういち)さん
西陣織を作る家に生まれた松岡龍一さん。
「幕が上がる、その生き方を」には、福山城の瓦や切り取ったデニム、西陣織の引箔(金箔)が使われています。
松岡龍一さん
関西に住んでいる福山出身の人と仲良くさせてもらっていたので、福山は身近な存在でした。
2022年8月には、福山城築城400年を記念した、福山城の瓦のアップサイクルアート展示会に参加しました。
ですから、福山に来るのは今回で4回目、鞆の浦も3回目ですね。
今の自分が感じている気持ちを作品にしています。
活動を自粛していた期間も過ぎ、これから自分の舞台の幕が上がっていく、幕がめくれていく、そんな気持ちです。
デニムのキャンバスを受け取ったとき純粋に感じたのは「カッコいい!」ということ。
工場見学でデニム事業者さんたちのデニムにかける想いを聞き、素材としての面白さや、アートとの相性の良さをさらに強く感じました。
これからデニムを使って服以外の新しいストーリーや、新しい文化を作っていきたいと思っています。
書道家 蘭鳳(らんほう)さん
京都市在住の蘭鳳さん。
5人のなかで唯一、絵ではなく書で魅せてくれました。
「緒〜いとぐち〜」の作品を書きながら、多くの発見があったそうです。
蘭鳳さん
中国からやってきた漢字である『緒』のもともとの形と、日本人が作り出した文字であるひらがなの「いとぐち」とを、1枚のデニムキャンバスに重ね合わせて作品を制作しました。
普段使っている紙には墨がしみこんでいくのですが、デニムにはしみこみません。
その代わりに濃淡がしっかりつき、平面の中に立体感が出てきます。
しかも、角度を変えると墨の色や光り具合が変わって見えるんですよ。
自分でも驚くほどおもしろい作品に仕上がり、デニムという素材の可能性を感じました。
工場でデニムの構造を教えてもらって、縦糸と横糸がしっかりと絡まってデニムの丈夫さを作っているとあらためて知り、そうか、だからしみこまないのか!と感覚が納得に変わったのです。
日頃あまりデニムを着ることがありませんでしたが、すっかりデニムのファンになりました!
デニムアートプロジェクトを支えた人たちの想い
デニムアートプロジェクトには、多くの人たちがかかわっています。
それぞれの想いを聞きました。
福山のデニムを発信したい!福山に来てくれる人を増やしたい!
福山市企画政策課でこのプロジェクトを進めたのが、山本尊也(やまもと たかや)さんと大塚祐太(おおつか ゆうた)さんです。
福山のデニムを次代に引き継ぐためには、デニムのことをもっと知ってもらい、付加価値をつけていく必要があります。
また同時に、関係人口(その土地に来たり、興味を持ったりしてくれる人の数)を増やすことも課題でした。
そこで、2022年の5月から福山市立大学の学生たちと共に「福山の魅力は何か、どうすれば人を呼べるか」と、今回のプロジェクトの基本アイディアを練ってきました。
大学と連携したのは、新型コロナウイルス感染症の影響で学生たちの活動が制限されていたことも関係しています。
せっかく市外から来てくれている学生たちに福山の魅力や課題をもっと知ってもらいたい、地域の人と一緒に活動してもらいたい、そして卒業後も福山に関心を持ち続けてもらいたい、との想いがあったそうです。
参加した学生たちは、2つのゼミから計13人。
玉井由樹(たまい ゆき)教授のゼミでは、新たなビジネスをうみだす「アントレプレナーシップ(起業家活動)」に関して研究しています。
学生たちは、この観点から廃棄されてしまうB級品やC級品のデニムの再利用に注目しました。
牧田幸文(まきた ゆきふみ)准教授のゼミの研究テーマは、地域の人との関係性です。
とくに鞆の浦に注目し、関係人口を増やそうと考えました。
そしてたどり着いたのが、デニムのキャンバスとアーティストとを結びつけたワーケーションプランです。
このアイディアは「福山市立大学アイディアピッチ」で発表されました。
その後、福山市や関係各社の調整を経て、今回の「デニムアートプロジェクト」となったのです。
学生にも話を聞きました。
山本理紗子(やまもと りさこ)さん
私は福山出身なのですが、このプロジェクトにかかわって福山デニムをはじめ、福山の魅力をもっと伝えたいと感じました。
88人ものアーティストがプロジェクトに応募したことは、福山のデニムやワーケーションに需要はある、ということです。
もっとデニムや福山にかかわる人を増やしていける、増やしていきたいと思います。
—
酒井空(さかい そら)さん
印象に残っているのは、来てほしいアーティストに投票させてもらったことです。
自分も書道をしていたので、蘭鳳さんに筆の選び方を教えてもらって感激でした!
大学で学んでいる「地域に密着する」ことを、このプロジェクトに参加して実践できました。
将来は大都市ではなく地域のなかで働いて、人とのつながりを大切に過ごしたいと思っています。
アーティストの活動を支援したい!
東大阪市の株式会社IDEABLE WORKS(アイデアブルワークス)は、オンラインギャラリーの運営と地域活性化の企画をする会社です。
2022年8月に実施した福山城の瓦のアップサイクルアート展示会に続き、福山市と協力してデニムとアートの掛け合わせをプロデュースしました。
代表取締役の寺本大修(てらもと だいすけ)さん
弊社では、400人くらいの作家さんに参加していただいて、オンライン上で作品の展示やファンとコミュニケーションができるプラットフォーム「HACKK TAG(ハックタグ)」を提供しています。
一番大切にしているのが、ファンとの関係と作品価値の保管です。
とくに作品価値の保管については、高精細アートスキャニングすることで、作家さんの作品をデータ上で残していくことを可能にしました。
また、スキャンしたデータを使えば、Tシャツや紙などにプリントすることもでき、アート作品の価値を多岐にわたって楽しむすべを提供できると考えています。
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作品の色や立体感までも感じられるスキャニングが、作品の利用可能性を広げるのですね。
デニム×アートのこれから
福山のデニムとアートを掛け合わせた「デニムアートプロジェクト」。
3日間のワーケーションは終わりましたが、これからもまだまだ興味深い展開が待っています。
アーティストと協力して描き上げた巨大なデニムアートは、今後裁断して服に縫い上げ「着るアート」にする計画があるそうです。
「着るアート」があちこちに登場すればおもしろいですね。
さらに、デニムアートのグッズを販売したりPRに使ったりなど、新しい展開も考えられます。
同じようなワーケーション企画が、毎年継続的に実施されるようになるかもしれません。
今回のプロジェクトを緒(いとぐち)として、「デニム×アート」の可能性が無限に広がっていきそうです。
デニムアートプロジェクトのデータ
名前 | デニムアートプロジェクト |
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期日 | 2023年3月24日(金)~26日(日) |
場所 | |
参加費用(税込) | |
ホームページ | デニムアートプロジェクト:公式Instagram |