目次
築70年以上の歴史がある稲田屋の店舗
稲田屋の店舗は、昭和24年(1949年)に建てられたものでした。
取材した令和2年(2020年)で築71年。
そのため、とてもノスタルジックで趣のある外観でした。
若いお客さんや県外からのお客さんは、外観の写真を撮影するかたも多かったそう。
外観と同じく店内も建築時の雰囲気を残したまま。
まるで昭和中期にタイムスリップしたかのように錯覚しました。
カウンター席はなく、全席テーブル。
お客さんが多いときは相席になりました。
昔からの大衆食堂ならではの懐かしい雰囲気。
▼木製のテーブルは、1卓が広め。
▼メニュー表もノスタルジーを感じるものでした。
▼壁の短冊メニューもいい味を出しています。
また、店内には昔の写真がいくつか飾ってありました。
これらの写真は、写真家としても活動していた先代が撮った作品。
子供のころの稲田正憲さんや、その友達らのようすが撮影されていました。
▼ほかに、戦災で焼失する前の稲田屋の外観写真も飾ってありました。
▼また、戦後に再建されたころの写真も。
▼店内奥側にある厨房も昔の雰囲気が濃厚。
▼店内の南側(通り側)、入口から入って左手には、関東煮専用の炊き場がありました。
ここで人気の関東煮がつくられていたのです。
名物「関東煮」と「肉丼」は福山市民のソウルフード
ここからは稲田屋の名物であり、福山市民のソウルフードとまで呼ばれた関東煮・肉丼をはじめとした、稲田屋のメニューを紹介します。
「関東煮」は白・黒の2種類。甘い味付けがクセに
関東煮は、「白」と「黒」の2種類の肉を使っていました。
白 | ブタの小腸 |
---|---|
黒 | ウシの肺 |
どちらも、いわゆるモツです。
稲田屋の関東煮は、煮汁が甘めの味付けなのが特徴。
とはいえしつこい甘さではなく、どこかまろやかさのある、懐かしくやさしい味わいの甘さでした。
▼白はうまみが出ておいしいので人気でした。
▼黒はクセが強いので通好みの味わい。
食感もポイントで、白はプニプニッとした弾力のある食感、黒はフワフワとした柔らかな食感でした。
そして、煮汁のグッと甘い味がクセに。
白も黒も、かみしめるとジワジワッと肉の味わいと、肉に染み込んだ甘い煮汁の味わいが広がりました。
ごはんのおかずにも、酒のツマミにもピッタリ。
▼さらに一味トウガラシを振りかけると、いっそう食が進みます。
関東煮は持ち帰りをするお客さんも多く、大量に買う人も多かったとのこと。
盆や正月など、親戚が多く集まるときには飛ぶように売れたそうです。
福山の地元のお客さんが関東煮の持ち帰りをするとき、ほとんどのお客さんが自宅から容器持参で訪れていました。
▼関東煮は専用の炊き場があって、ここから提供されていたんです。
▼閉店間近の日には、大勢のお客さんが関東煮を求めて、炊き場の前に列をなしていました。
稲田屋の関東煮がいかに愛されているかがわかります。
閉店間近の日は稲田屋の前に行列ができていたのですが、だいたい7割くらいが関東煮の持ち帰り客でした。
「肉丼」は牛肉と豚肉と野菜がタップリ。甘めで懐かしい味わい
関東煮とならぶ稲田屋の看板メニューが「肉丼」。
全国丼連盟主催「全国丼グランプリ」の西日本肉丼部門で、平成27年(2015年)から5年連続で金賞をとり、テレビ番組で取材もされました。
メイン具材の肉は、牛肉をメインに豚肉も入っているのが特徴。
野菜類はタマネギ・ネギ・ゴボウ、調味料は砂糖と醤油のみでした。
味付けはすき焼きに似た味ですが、すき焼きよりサッパリしていて甘みが増した感じ。
この甘さがほどよく、家庭的で懐かしい味わいでした。
牛肉のうまみ、豚肉のうまみと甘み、タマネギとネギのしなやかでありながら適度にシャキシャキとした食感に甘さ、ゴボウのホクホクとした食感と風味と、甘いツユの味が一体となり、ごはんとよく合い食が進みます。
▼ほかに、肉丼の上の部分(具材部分)だけを皿に盛り付けた「肉皿」も忘れてはいけません。
丼にするより、ごはんのおかずとして食べたいお客さんや、酒のツマミにしたいお客さんに人気がありました。
▼平日ランチタイムには、肉皿にごはん・味噌汁・漬物の「定食」もあり、人気がありました。
▼肉丼と同じくらい人気があったのが、肉丼を玉子とじにした「肉玉丼(にくたまどんぶり)」。
▼絶妙な半熟具合の玉子と、肉の味わい、甘めのツユの組み合わせが最高です。
玉子があるぶん、肉丼よりも味わいがまろやかな印象でした。
子供から年配のかたまで、幅広い層が好みそうな味わいだと思いました。
さらに肉玉丼の上側だけの「肉玉皿」もありました。
▼なお、肉丼・肉玉丼の持ち帰りはできませんが、肉皿・肉玉皿は持ち帰りもできたんです。
最後の稲田屋の味を家族にも楽しんでもらおうと、肉皿の持ち帰りをしました。
ちなみに、関東煮の持ち帰りは売り切れそうだったのであきらめたのが心残りです。
その他のメニューも魅力的なものがたくさん
「肉うどん・そば」「肉玉うどん・そば」は、それぞれかけうどん・かけそばに肉丼の具や肉玉丼の具を載せたものでした。
シンプルながらクセになるおいしさで、肉丼・肉玉丼よりうどん・そばのほうがハマる人もけっこういたそう。
また通常の「かけうどん・そば」や卵入りの「卵うどん・そば」もありました。
うどん・そばは創業時からあるそうで、稲田屋の伝統メニュー。
さらに数量限定メニューとして、「ハンバーグ」「骨付きソーセージ」「中落ちカルビ」も。
これらは、いずれもセットと単品がありました。
数量限定メニューは、稲田 正憲さんが始めたメニューです。
▼ハンバーグは余った肉を活用して誕生。
ソーセージと中落ちカルビは、取引先の肉屋さんとの話のなかからメニューになりました。
ソーセージや中落ちカルビは、酒のツマミとしても人気だったそう。
また数量限定メニューには、「賄いカレー」もありました。
カレーは過去にメニューにあったそうです。
稲田屋の周辺に、飲み屋やラーメンなどの麺類などではない、「晩ごはん」的な食事が食べられる店が少ないことからメニューに復活させました。
そのため、カレーは出張中のかたに人気があったそうです。
▼最後に紹介したいのが、備後とことこのアドバイザー・道下 美津穂がすすめる「冷奴」。
木綿豆腐を使い、一般的な冷奴よりも固めの食感がポイントです。
しっかりとした食感なので、豆腐の味わいがよく楽しめました。
稲田屋の味は福山の地域の味
稲田屋が営業を終えるというニュースが流れて以降、店の前には早い時間から行列ができていました。
そして、12時台には売り切れるという状況。
福山市民にとって、稲田屋の閉店は大きな出来事だったのです。
なかには遠方からかけつけたかたもいたそう。
それほど稲田屋の関東煮・肉丼の味は、お客さんにとって心の味だったのです。
稲田屋に影響を受けて、同じような味わいの関東煮や肉丼を出す店もあります。
関東煮と肉丼の甘い味わいは、福山の地域の味といってもいいでしょう。
ぜひ、なんらかの形で稲田屋の味を後世に伝承していってほしいと願います。
閉店に際し多くのお客さんがかけつけ大忙しの営業後にもかかわらず、気さくに急遽のインタビューに対応していただいた稲田さんには、大変感謝します。
長いあいだお疲れ様でした。
令和2年12月15日、株式会社 稲田屋から株式会社 阿藻珍味への事業譲渡がおこなわれました。
詳しくは、以下の記事を見てください。
稲田屋の閉店に対するみなさんの声
子どもの頃、近所に住んでいました。当時はあまり食べさせてもらえなかったんですが、関東煮の匂いは記憶に染み付いています。 進学で福山を離れても、帰省するたびに訪れ、今は他県出身の主人もファン、今年はコロナで帰れなかったのが本当に本当に残念です。#稲田屋の思い出 pic.twitter.com/sFwEp8HS76
— akemeat (@akemeat) September 15, 2020
#稲田屋の思い出
— まるごと岡山食べ尽くし日記 (@marugotookayama) September 16, 2020
従姉妹のおばちゃんがここでパートしてたことがあって
母と一緒に会いに行ってうどんを食べてたなぁ。
お出汁のいい香りがお店に入る前から漂っていて
おうどんは、なんとも家庭的で優しいまた食べたくなる味。
閉店は悲しいからまた母と一緒に行こう。
#稲田屋の思い出
— おこのみめぐみ (@okonomi_megumi) September 16, 2020
夏になると始まる「夜店」
かき氷を食べながら歩くアーケードで、あま〜いいい匂い。
大人になって行った念願の稲田屋は、匂い以上に甘くて七味のかかった白菜漬けとの相性が最高。
幻のハンバーグも稲田屋ファンにはたまらないやつ。 pic.twitter.com/ldnzqtTkmx
大正八年創業 ~関東煮・肉皿のお店~ 稲田屋