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本多春翔 代表へのインタビュー

福山市西部・松永エリアを活性化する団体「まつながまるっとプロジェクト」。
発起人の一人で、団体の代表者である本多春翔さんに取組を始めた経緯、苦労した点、今後の展望や課題などについて、話を聞きました。
もう一度、松永エリアに活気を呼び戻すために活動を開始

設立の経緯を教えてほしい。
本多(敬称略)
中学校のとき、授業で「松永エリアの良いところを探す」というものがありました。そのとき、同級生は松永に魅力を感じておらず、他地域へ移り住みたいと話していたのです。
私は一度松永の外に出たとしても、再度松永に帰ってきたいと考えていたので、とてもショックを受けました。
しかし、たしかに自動車中心の生活スタイルに変化したこともあり、松永駅周辺は店が減って、人通りが少ないという現実があるのも事実。
かつては単独の市で、しかも旧 福山市・現 福山市と合併した自治体の中で新設合併(対等合併)をした唯一のエリアが松永です。もう一度、松永エリアに活気を呼び戻したい気持ちがわき上がりました。
そこで、自分たちで何かできないかと思うようになりました。そして2022年12月に、個人的にまわりの人に声がけをして松永駅北口周辺でのゴミ拾い活動を開始。
ゴミ拾いは、中学生だった私でも低資金で開始できるからです。
その後、何度かゴミ拾いを開催しましたが、やがてほかにも松永のためになるような幅広い取組をしてみたいと感じるようになったのです。
しかし当時、私はまだ中学三年生。そこで福山市でさまざまな活動をしている、社会人の知り合いに相談しました。
その人から、法人格を持った団体だと設立のハードルがいろいろあるが、任意団体という形なら柔軟な活動ができ、設立もしやすいことをアドバイスしていただいたのです。
さらに、相談相手が活動に協力していただけることになり、さらにその人の紹介で松永在住の人と、当時大学生だった人にも協力していただけることに。
こうして2023年に任意団体「まつながまるっとプロジェクト」を立ち上げました。
設立にあたり、ささやかながら記者会見を開いたんです。それを報じたメディアの内容を見て、趣旨に賛同し、参加希望者が数人現れたのはうれしかったですね。
4人で設立しましたが、すぐに10人弱にメンバーが増えました。
その後もメンバーは少しずつ増加していき、イベントに参加してくれた人の中から、新たにメンバーに加わった人も多いです。今では(2026年4月)、約30人のメンバーで活動しています。
ゴミ拾いやワークショップから始まり、やがて主催イベントの開催も

最初は、どのような取組から始めたのか。
本多
最初の取組は、ゴミ拾い活動「まつながまるっと運拾い」です。さきほど話したように、設立前からゴミ拾い自体はしていました。
設立前との違いは、新たに名称を考えたこと、SNSで告知して多くの人が参加できるようにしたことです。
次に取り組んだのが、2023年6月に開催した「柿渋染めの風呂敷づくり」のワークショップです。
そして同年10月に、大きな主催イベントに挑戦しました。それが「まつながハロウィン」です。
これは、多くの人を松永に呼びこみ、地域に活気を呼ぶのが一番の理由です。同時に、団体主催イベントを開催することにより、資金を集め、以降のイベントや取組につなげることも理由でした。
活動初期は知名度不足による社会的信用度の低さに苦しんだ

取組を続けてきた中で、大変だったこと、苦労したことはある?
本多
やはり、活動初期のころは知名度不足と、それに伴う社会的信用度の低さを痛感しました。
イベントなどを開催しようにも、行政や関連する組織から許可を得られないことがあったのです。
たとえば、まつながハロウィン。最初は旧商店街の通りを使ってやろうと考えました。しかし知名度がなく、社会的な信用も低かったことから公道使用の許可が出ませんでした。
なんとか松永駅北口近くにあるスーパーマーケットの協力を得ることができ、スーパー敷地内をお借りして、第一回のまつながハロウィンを開催できたのです。
その後、地道にゴミ拾いやイベント開催などを続けてきたことで、地元で声をかけられることも増え、少しずつ知名度が向上し、社会的信頼度の向上につながりました。
そして2025年には公道使用の許可を得られ、旧商店街の通りを歩行者天国化しての開催が実現したのです。
夜市の復活の声が寄せられたのも、そして「まつながる カラコロ夜店」の開催を実現できたのも、地道な取組を続けてきたことで得られた地元からの信用があったからだと思います。
今では、福山市(おもに松永支所)などの行政や、商工会議所、ライオンズクラブなどとの連携も生まれました。
「昔は良かった」ではなく「昔良かったことは次世代にも体験してほしい」へ

取組でこだわっていること、力を入れていることは。
本多
設立して決めたテーマがあります。それは「人とまち。ワクワクの一歩」です。人づくりとまちづくりは、イコールだと考えています。
まちづくりを通じて人が成長することで、さらにまちが活気づいていくと思うのです。ただ、人づくりやまちづくりという言葉だと、どうしても固いイメージがあるなと思いました。
そこで「イベントへの参加きっかけに、地域を盛り上げる取組に興味を持ってもらいたい」という思いがあったので、「ワクワクの一歩」という言葉も加えました。
2025年8月には、新たに団体の活動意義を表す言葉(パーパス)として「地域資源と新しい力で、次世代が誇れる松永を取り戻す」を制定。
それまでの取組を振り返り、さらに取組を進化させるために、考えました。
「松永という地域とそこにある資源を生かす」こと、「メンバーそれぞれのすぐ次の世代にその資源を承継すること」が目標です。
具体的には、ハロウィンイベントや夜市イベントは旧商店街という地域資源を生かし、イルミネーションイベントはせせらぎ公園を生かしています。
大切にしたいのは「昔は良かったね」ではなく、「昔良かったことは、今後の世代にも体験してもらいたい」という気持ちです。まさに復活した夜市は、その気持ちが体現されたものでしょう。
松永市・旧福山市の新設合併60周年に向けて

今後やってみたいことや課題点などを教えてほしい。
本多
2026年は、松永市と旧 福山市が新設合併して60周年になります。年配の人の中には、松永市と旧 福山市が”対等”な立場で”新設合併”したことに誇りを持っている人も多いです。
そこで、私たちで60周年を盛り上げるイベントができないかと、現在考えている最中です。
あと、地元の人からの声で、金曜夜市を復活させました。それと同じくらい地元の人から言われるのが「ゲタリンピックを復活させてほしい」というもの。
ゲタリンピックは、1993年に始まった松永名産の下駄による地域活性化のイベントです。下駄にちなんださまざまな競技がおこなわれました。
しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行を機に開催終了になってしまったのです。
これだけ多くの声があるということは、松永を代表する一大イベントだという証拠ではないでしょうか。
しかし、このような一大イベントを復活させるには、まだまだ現在のまつながまるっとプロジェクトでは力不足だと考えています。しかし、やり方はいろいろあると思っています。
一つはもっと団体の力を付けて復活にこぎつけること、もう一つは復活とは違う新たなやり方を見つけること。どちらが有効なのか考えていきたいと思っているところです。
現在、私は広島修道大学の国際コミュニティ学部の地域行政学科に進み、地域づくりや地方行政について学んでいます。卒業後は、松永エリアに居住を続け、学んだことを生かして地元をさらに活気づけたいですね。
松永が好きであれば誰でも参加できる、松永を盛り上げる団体

本多さんの話では、まつながまるっとプロジェクトは松永在住や出身・ゆかりがある人以外でも、参加が可能だそうです。
松永エリアが好きだったり、良くしたいという思いがあったりすれば、誰でも参加できるとのこと。
「『昔は良かったね』ではなく、『昔良かったことは、今後の世代にも体験してもらいたい』」という思いのもと、松永エリアを盛り上げる多彩な取組を展開するまつながまるっとプロジェクト。
今後、どのような取組が繰り広げられるのか。まつながまるっとプロジェクトの活動に注目です。
まつながまるっとプロジェクトのデータ

| 団体名 | まつながまるっとプロジェクト |
|---|---|
| 業種 | 地域活性化団体(任意団体) |
| 代表者名 | 本多春翔 |
| 設立年 | 2023年 |
| 住所 | 非公表 |
| 電話番号 | 080-4263-4184 |
| ホームページ | まつながまるっとプロジェクト |






























