港町・鞆の浦の栄華をいまに伝える、ユニークな町並みデザイン。
ひとつに鞆の町家は、どこも格式の高い本瓦葺(ほんかわらぶき)の屋根です。
軒を接する隣家より屋根を高くできないことから、隣り合う家の屋根の高さに落差を設けています。
そのため、町並みは変化に富むスカイラインを形成し、鞆らしい趣を私たちに与えているのです。
たとえば町家の屋内で、町並みと地続きで昔の暮らしを追体験できれば、鞆の浦や備後地域ならではの生活様式を、肌身で感じられるのではないでしょうか。
そうした施設が、鞆町の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)の中心に開設されました。
都市の画一的な景観や商業サービスに、飽き足らなくなったかたに響きそうな施設を紹介します。
記載されている内容は、2023年7月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
鞆の浦・改修古民家 学びのワークショップ
古民家の改修に関連した見学会や、備後地方特産の畳表や柿渋について知るワークショップ、製作実演が福山市鞆町鞆の古民家「旧小林家住宅」で、2023年6月23日~25日に開催されました。
主催、企画は市内17団体の畳表製造業者や建築関係者などで結成した備後表継承会。
おもに福山大学建築学科の学生がガイドと来場者の対応に当たりました。
以下が当日のプログラムです。
旧小林家住宅(備後表継承会 鞆事務所)とは?
江戸期に建てられたと推定される、築250年の町屋「旧小林家住宅」。
鞆町重要伝統的建造物群保存地区内、西町の中心を走る街路の北側「鞆てらす」から西へ数十m、澤村船具店の斜向かいの武之内商店の隣に当たる立地。
備後表継承会の鞆事務所はこちらに置かれています。
切妻造平入(きりづまづくり ひらいり)、本瓦葺の二階建て町家「旧小林家住宅」。
三間半余りの標準的な間口を持ち、1階の東側に通り土間、西側に4室を一列に並べています。
2階には、中央に出格子の付いた大窓を設け、正面外壁は真壁造(しんかべづくり)。
棟高8m超えの小屋組みを眺められる、吹き抜けがあるのも特徴です。
19世紀中期、昭和の戦前など、数度にわたり改造、新設を経た痕跡を内部に残しています。
代々、住み継がれてきた再利用建築の歴史を目の当たりにできる貴重な建物なのです。
将来的には、備後イグサの畳表を入れて、来訪者に披露する予定なのだそう。
旧小林家住宅のある西町地区の特徴
室町時代に形成された西町地区は、近世の鞆港の中心地です。
鞆の浦を象徴する常夜灯や海沿いに築かれた雁木、点在する浜蔵(いろは丸展示館など)がまず目をひきます。
明治となり、保命酒屋中村家の衰退後も、油家太田家がその建物を維持し、太田家住宅は重要文化財に指定されました。
元禄年間創業の澤村船具店は、骨太で重厚なつくりの古風な店構え。
2階は木格子の窓、1階の店舗は出格子や蔀戸(しとみど・跳ね上げ式の大戸)を入れていました。
今日(こんにち)、蔀戸の構えはかなり希有。
旧小林家住宅のある西町が、いかに栄えていた地区だったかよくわかります。
鞆の町並み・建造物を深掘りできる「鞆てらす」
福山市鞆町町並み保存拠点施設 「鞆てらす」。建物の一部は、昔の技法で再生した町家が使われています。
歴史的な町並みの保存と整備をおこなう伝統的建造物群保存地区制度は、市町が独自に条例などを制定。
保存を通して地区の生活や生業に新たな息吹を吹き込むべく、伝統的建造物群保存地区(伝建地区)を定めました。
2008年に福山市鞆町伝統的建造物群保存地区、2017年には重要伝統的建造物群保存地区が指定されています。
鞆てらすは、あらゆる視点で鞆の伝統的な建造物の工法、街並みの特徴などを知ることができる施設です。
備後表継承会の理念と活動
2018年に発足された「備後表継承会」は、備後地域発祥の中継表の技術継承や、備後藺草(地草)による備後表を地域協働で後世に継承することを目指す組織。
製織技術の研究や保存などを通じ、イグサの栽培から地元業者が製造する畳表の利用を呼びかけています。
畳文化の継承では、同会の手掛けた畳表が明王院(国宝)の本堂に採用された実績もあります。
また地元高校生とのイグサの植えつけ体験会や、若手職人向けの研修会も開催。
福山市内など備後地方で、盛んに栽培されてきたイグサと畳表の生産を支援し、普及を図っています。
2022年3月、備後表継承会は厚生労働省の「地域発!いいもの」に、広島県で初めて選ばれました。
備後表とは?
備後と呼ばれてきた瀬戸内地域の広島県福山市や尾道市で生産される畳表。
イグサの使用量が多いため表皮が厚く光沢があり、耐久性に優れています。
青味がかった銀白色のイグサを厳選した最高級ブランド表は、いまも国宝建造物などの畳表に指定されるほどの品質です。
水野勝成が確立したブランド表
備後の畳表は、戦国武将・織田信長(おだ のぶなが)も絶賛するクオリティでした。
福山の初代藩主・水野勝成(みずの かつなり)は、さらに最高級品質に高めようと奨励策を敷き、木綿の栽培や琴の製造とともに、畳表を全国に誇るブランド産品(献上品)にすることに成功します。
生産量の減衰状況にありながら、備後表ブランドは現在に引き継がれているのです。
しかし福山城築城から400年が経ち、備後表の知名度の凋落をおもうと口惜しくもあります。
い製品職人の小林睦子さん
2023年6月25日、イグサ製品の職人小林睦子(こばやし むつこ)さんを迎えて、イグサハットの製作実演がおこなわれました。
福山市神辺町在住の小林さんは、自宅そばの作業小屋で、イグサ帽子を製作しています。
畳表がよく知られる、備後特産のイグサですが、イグサ製の笠もまた人々の日常に身近なものとして根付いていたことがわかる商品です。
小林さんは、最後のイグサ笠づくり技術保持者・岡田菊恵(おかだ きくえ)さんの後継者となり、その腕を日々磨いているのです。
藺(い)製品商業協同組合の後継者育成事業で、岡田さんから直々に学んだ技術は、帽子製作に注がれ継承されています。
素朴で涼しげな見た目のほか、軽量で通気性もよく、機能性も申し分ありません。
イグサから多様な創作を促されたかのような、ランプシェードや円座などのアレンジ商品は、市内の店舗で展示販売されることもあるのだそう。
備後イグサの特性をよく知る職人が生み出す商品は、経年変化の味わいも魅力です。
備後イグサ製の畳表に触れる機会が極端に減っていくなかで、身近なアイテムなどの加工商品を通じて、消費者との接点を維持しておくことも大切な取り組みなのです。
畳は日本建築文化の核心である
「畳は日本建築文化の核心である」
備後表継承会・会長で福山大学建築学科・教授の佐藤圭一(さとう けいいち)さんはそう明言します。
外国で生産される畳表は自国での需要はなく、建築文化が支える産業でもないため、このまま外国産に頼っていると、日本からイグサ製の畳は消え去るだろうとも。
とすると、特にイグサや畳表の名産地であった備後地域は、それらを中心とする技術や文化、歴史などを失ってしまうことになります。
専門家ではない私たちも、起こりうる未来像を描くなかで、畳とはどういう存在なのかを捉え直す必要がありそうです。
歴史のなかに身を置き、そこから現在の状況を改めて見直せるのも、歴史の面影を残す鞆がもつ特色ではないでしょうか。
備後柿渋の塗布体験
2023年6月23日(金)には、備後柿渋塗りのワークショップがおこなわれました。
柿渋は家屋の柱や布製品に塗布すると、防腐・防虫の効果がある、渋柿の抽出液です。
液体の柿渋はわずかに臭うものの(乾くと無臭)、建材に塗ると木材のキメが際立ち、深みのある印象に変わります。
アレンジ商品としては、クラフトテープ製の編みバッグに柿渋コーティングしたものなどが展示販売されていました。
備後渋とは?
備後渋(びんごしぶ)は、広島県東部の備後地域で生産されている柿渋(かきしぶ)です。
山城(京都)、美濃(岐阜)と並んで、備後は、近世日本を代表する柿渋三大名産地のひとつとされていました。一説には因島の村上水軍とともに発展したといわれています。
原料は渋柿と水のみでいたってシンプル。
つくりかたは、青い渋柿を砕いて絞り、発酵させて出来あがり。残りカスは畑の肥料に二次利用されます。
つまり製造、廃棄の過程において、環境負荷の低い優れモノなのです。
しかし戦後になると、化学製品の登場とともに生活から姿を消していきました。
襖を開け放てば、すぐに風の通り道となるように、自然を主体に考えられた日本の家屋。
住人が家屋に柿渋を塗ることも、自然とのつながりを感じられる手しごとではないでしょうか。
備後渋を守り継ぐ
備後柿渋の生産は唯一、福山市を拠点とする「NPO法人 ぬまくま民家を大切にする会」の工場(尾道市浦崎町)のみが支える体制です。
その販売ルートは直販以外に、ラベルを張り替えて(あるいは共用して)販売するなどいくつかあります。
今回、会場に並んだ柿渋ボトルは、福山市松永町の「骨董&ギャラリー 喫茶蔵」の販売ルートのもの。同店は柿渋クラフトバッグの企画・販売も手掛ける、備後表継承会の会員です。
今後、品質保証やブランド化に際して、販売ルートが大事だと、備後表継承会・会長の佐藤さんは考えています。
そうしたことから「ぬまくま民家を大切にする会」や「喫茶蔵」などの協力によって、備後柿渋の品質維持につとめているのです。
おわりに
未整理な部分のある旧小林家住宅は、これから手を加えられつつ変化するようすを見学できる点もユニーク。
太田家住宅のような豪商の町家と比較すると、コンパクトな空間で暮らす、住人同士の距離の近さが容易に想像できます。
また鞆の重伝建の一等地にあることから、歩行者の目に触れやすく、国内外の観光客が興味をもって訪れそうです。
福山市街が一気に賑わう世界バラ会議・福山大会(2025年)までには、備後表の魅力を広くプロモーションする施設として磨きがかけられていくのではないでしょうか。
見学会や柿渋塗りは随時おこなわれ、次回のワークショップは2023年9月22日(金)~24日(日)を予定しています。
鞆の浦の異日常が潜むディープゾーン「旧小林家住宅」に足を踏み入れてみませんか。
旧小林家住宅(備後表継承会 鞆事務所)のデータ
名前 | 旧小林家住宅(備後表継承会 鞆事務所) |
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期日 | 周辺の有料駐車場をご利用ください |
場所 | 福山市鞆町鞆821-1 |
参加費用(税込) | |
ホームページ | 備後表継承会 |
6月23日(金):備後柿渋塗りワークショップ
6月24日(土):建築家の解説付き「生きている町家」見学会
6月25日(日):イグサハット(いぐさ製帽子)の製作実演
※柿渋・イグサ商品の展示・販売 住宅見学会は三日間開催