「着心地が良すぎてこのまま帰りたい!このあと移動が長いので、移動服としてもおしゃれでいいなと思いました!」
2025年5月の「Rose Expo FUKUYAMA 2025」では、東京ガールズコレクションのファッションショーが開催されました。その際、タレントの村重杏奈(むらしげ あんな)さんは着用した衣装について、冒頭のコメントを残しています。
村重さんを魅了した衣装を製造しているのは、福山市に本社がある株式会社カスリラ(以下、「カスリラ」と記載)です。
170年以上の歴史がある備後絣(びんごがすり)を、現代の暮らしに寄り添ったデザインで展開するカスリラを訪ねました。
記載されている内容は、2026年1月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
Ads by Yahoo! JAPAN
備後絣+リラックス=カスリラ

絣とリラックスを組み合わせて名付けられた「カスリラ」の商品が売られているのは、おもに全国の百貨店です。年間120回の出張販売をおこなっており、福山市内では天満屋福山店で春夏と秋冬の年2回販売しています。常設店舗は広島三越と倉敷に、またオンラインショップもあります。

「倉敷の店には、観光客や外国のかたが多く来られますね。全国の百貨店でも、藍染や絣柄を愛するお客さまがカスリラの製品を手にしてくださっています」
そう語るのは、カスリラ代表の三笠博司(みかさ ひろし)さんです。




そっと生地に触れてみて、その柔らかさに驚きました。
「良い肌触りでしょう。それが備後絣の魅力です。昔ながらのシャトル織機でゆっくりと織られているから、目が粗くなります。そのため夏は風通しが良くて涼しく、冬は空気を含んで暖かいんですよ」(以下、かぎかっこ内は三笠さん)。

デザインのアクセントに赤を使うのが、カスリラのブランドアイコン。備後絣を代表する藍色と相性の良い赤を、上から2番目のボタンや、ボタンホールなどに効かせます。

最近では、備後絣だけではなく、デニムやカシミアを使った製品も多く展開しています。
「かつての備後絣は化学染料も使っていたので、鮮やかなオレンジや紫などの色もありました。今の備後絣に使われているのは、藍、柿渋、墨の3種類の天然染料ですから、落ち着いた色になります。
ですから絣と合わせて着ていただける、きれいな色のニットやデニムにも力を入れているんです」


備後絣との出会い

福山出身の三笠さんは、東京の大学で学生時代を過ごしました。
「若い頃からファッションには興味がありました。その時代に人気があったブランドのVAN(ヴァン)に、大きな影響を受けたように思います。
在学中に父が亡くなったため卒業後は福山に帰り、天満屋百貨店に勤めました。天満屋では、婦人ファッション全般を長く担当しました」
そのうちに三笠さんは、ブランドが違っても似たような商品が多い現状に物足りなさを感じるようになり、独立して起業することを考え始めます。実際に何度か辞表を提出しましたが引き止められ、さまざまな取引先との折衝(せっしょう)に東奔西走する日々を過ごしました。
三笠さんが初めて備後絣に出会ったのは、50代初めの頃、取引先とともに訪れた展示会でのことです。
「備後絣のことは、もちろん地元の伝統産業としては知っていました。しかし、実際に目にした備後絣は、ファッションをつまらないと思っていた私の目を覚まさせる素材でした。
まずとにかく肌触りが良い。もともと『もんぺ』に使われたものですから、丈夫で実用性も十分でした。
その一方で大変な手間がかかる織物で、大量生産ができません。
糸を紐でくくって染め上げてから織機にたて糸を張って織りあげて、柄を出すのです。
備後絣は、久留米絣、伊予絣と並ぶ、日本三大絣のひとつです。
昭和30年代のピーク時には270社ほどの生産者があり、全国の絣の7割を備後絣が占めていました。しかし、私が備後絣に出会った時点で備後絣を織る機屋(はたや)は、わずか数社のみ。希少な素材でした」
それまで多くの商品を見てきた三笠さんの目に、備後絣は非常に価値の高い素材だと映ったのです。

カスリラ起業
「54歳で天満屋を退職しました。辞めるチャンスは、もう今しかないと思って」
退職後に具体的な起業プランを練り始めた三笠さんは、大量生産で売り上げを追求するのではなく、付加価値を提供するビジネスをしたいと考えました。
そうだ。備後絣はどうだろう。
数年前の展示会で強い印象を抱いた備後絣を調べてみると、機屋は2社だけになっていました。江戸時代から続いてきた備後絣が無くなってしまうかもしれない状態だと知った三笠さんの脳裏に、明確なブランドコンセプトが浮かびました。
これが自分の最後の仕事となるだろう。それなら地域に貢献できる仕事をしたい。希少な備後絣を使った商品を作って、全国に伝えよう。
三笠さんは、企画書を携えて織屋へ向かいました。そして、2014年11月、カスリラをスタートさせます。

カスリラ社内には専属デザイナーが在籍していて、毎月のミーティングで企画を練っています。国内の協力工場(広島、福山、大阪)で作られた製品は福山本社へ送られ、ここから全国の百貨店へ出荷されているのです。
2016年には、広島三越6階に常設のカスリラコーナーがオープンしました。また、2020年に倉敷にも常設店を構えます。オープン後のコロナ禍では厳しい状態が続きましたが、今では多くのかたが訪れています。
年間の製造・販売数はおよそ11,000着で、ほぼ一定だそうです。
「一番人気のアイテムはパンツです。私も愛用していて、とくに夏はもうこれ以外の素材には戻れませんね。ジメジメした日本の風土には、とてもあう素材だと思います。
そのほか、ワンピースやブラウスなどもよく出ます」




備後絣を次世代に残すために

「日本三大絣のうち、伊予絣はもうほとんど生産されていません。久留米絣は次世代が支えていて、今でも20社ほどの機屋があります。
備後絣の機屋は2社残っていますが、技術を持っている人は1社に1人ずつだけです。とにかく手間がかかって目の前の仕事に忙しいので、備後絣に興味を持った若い人が技術を習いたいといってきたとしても、教える時間すらないのが現状です」
かつて備後絣を作っていた会社の多くは、その技術をデニムや作業着に転用しています。備後地域のデニム生産量は全国シェア8割、作業着生産量のシェアも5割以上を誇ります。繊維のまち福山は、備後絣を礎(いしずえ)に築かれているのです。

「備後絣の良さを理解し愛してくれるかたが全国にいるからこそ、カスリラは12年間続いてきました。170年続いた備後絣を次の節目となる200年につなぐために、今できることをしなくてはなりません。
しかし、今のままでは担い手がいなくなるのも時間の問題です。私一人で解決できるものでもありません。
今、必要なのは、備後絣の技術を教える学校だと思います。
退職した職人を講師として、技術を学びたい若者を指導するんです。卒業後は久留米で修業したり、備後地域での仕事を支援したりする仕組みを整えられるといいですよね」
備後絣の着心地の良さを感じてほしい

「備後絣の良さは着てもらえばわかります。一度カスリラの服を着たお客さまは、次のアイテムを求めに、二度三度と足を運ぶのです。
希少な素材である備後絣を使うので、今後も売り上げ規模を拡大していく気はありません。大切なのは金儲けではなく、価値を理解してくれるお客さまです。これからも、真摯(しんし)なものづくりを続けていきます」

三笠さんの取材から数日たったある日、知人のバッグがカスリラの製品であることに気づいた筆者は、思わず声をかけました。
パンツも愛用しているというその人は、笑顔で教えてくれました。
「すごく着心地がいいの!年中着ているよ」
筆者もまずは1着を手に入れて、着心地の良さを実感したいと思っています。そして備後絣を次につなぐために何ができるのかを、考えてみるつもりです。
カスリラのデータ

| 団体名 | カスリラ |
|---|---|
| 業種 | 備後絣を使った服、雑貨などの企画制作 |
| 代表者名 | 三笠博司 |
| 設立年 | 2014年11月 |
| 住所 | 福山市神村町1595-1 |
| 電話番号 | 084-934-2458 |
| ホームページ | カスリラ |





























