Jazz(ジャズ)という言葉から何を連想しますか?
おしゃれなカフェの落ち着くBGM、地域で開かれる音楽ライブやフェス、コレクターが探し求めるレアなアナログ盤、ピアノやサックス演奏など大人の習い事。
このように特定の音楽ジャンルではカバーできないほど、ジャズなコト、ジャズなモノは老若男女を問わず、私たちを魅了し続けています。
今回伝えたいのは、ジャズにインスピレーションを得た彫刻アート。そこには日本人アーティストならではの刻印も垣間見えました。
ジャズが生まれるずっと以前、江戸時代の建物をリノベーションした会場で開かれた作品展のレポートです。
記載されている内容は、2022年8月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
威容を誇る長屋門を見よ。信岡フラットミュージアム
福山市の北部、新市町戸手に国の有形文化財に登録された「信岡家住宅」があります。
家屋は江戸時代からの外観を残したまま、内部は芸術文化を発信する複合施設にリノベーション。
2015年春、「信岡フラットミュージアム」としてオープンしました。
信岡家は、かつて福山藩の有力な庄屋でした。
約1千坪の敷地には母屋や蔵、茶室など8棟が立ち並び、いずれも江戸~昭和期に建てられています。
なかでも1868年に建てられた木造2階建ての長屋門は、訪れる者をひと際、仰天させる存在感。
東西約38メートル、南北4~5メートル、高さ5.7メートルの威容を誇り、その当時には使用人が住んでいたほど。
明治初期の外観をもつ長屋門は3年がかりで再生し、建物1階に多目的室やカフェ、茶室を、2階にギャラリーをしつらえています。
2008年に登録有形文化財となり、一時は鞆の浦との連携で観光施設化の案もあがりましたが、当地と遠距離であることなどから実現はむずかしいと判断。
2018年の「平成30年7月豪雨」の被害、2020年からの新型コロナウイルス感染症のまん延など、文化財の建造物を維持、継承していく上であらがえない不測の事態もありました。
しかし現在は地域住民を主体に据えた運営モデルとなるべく、芸術文化の交流拠点として、企画展やセミナーを開催しています。
ジャズと鉄筋をつないだ即興の線。徳持耕一郎作品展「私の線」
2022年7月16日(土)〜7月24日(日)の8日間、信岡フラットミュージアムでは、徳持耕一郎作品展「私の線」が開催されました。
徳持耕一郎(とくもち こういちろう)さんは、鳥取市出身、在住の造形・版画作家。
主に、自ら「鉄筋彫刻」と呼ぶ表現手法で制作した彫刻作品を世に送り出している徳持さん。
演奏するミュージシャンの一瞬一瞬を切り取り、三次元的に抽象化した彫刻は、国内外で評価を得ています。
彼のアーティスト活動は版画家からのスタートでしたが、1989年、NYグリニッジビレッジの「OPEN HOUSE GALLERY」で個展を開催した際、転機がおとずれます。
行き詰まっていた創作スタンスを新しい方向へ導いたのは、夜ごとのジャズクラブ通いでした。
セッションに加わるように、紙ナプキンにジャズメンの姿をスケッチしたことが、後の人生に大きなグルーヴ(うねり)をもたらしたのです。
帰郷後の1993年、大舞台での展覧会を前に、鉄工所の若き後継者と出会い、鉄筋の初作2体の制作を依頼します。
鳥取県民文化会館に展示されたその作品は、鉄筋彫刻の原型ともいえる作品。
具象化した彫刻に手ごたえを感じると、その後は鉄筋の溶接・研磨の工程まで、すべて自身で行い、ついに鉄筋彫刻の確立に至りました。
- 1996年 NY Bronx River Art Center & Gallery でグループ展「Bridge」企画開催
- 2000年 エディ・ゴメス Trio in Japan の CDジャケット作成
- 2009年 Walt Disney Concert Hall(LA)(Frank.O Genry 作)に作品が4点置かれる
- 2012年 浜松市楽器博物館で「スイングする鉄筋彫刻展」(+2014)
- 2016年 マイルスの写真家・内山繁氏とコラボ展開催(とりぎん文化会館 鳥取、2017 世田谷美術館)
- 2020年 LAのimagine dragons(2014年グラミー賞受賞・ロックグループ)が作品購入、所有者となる
- 2022年 第43回 Detroit Jazz Festival にドローイングで出演予定(9月)、 公式ポスターに採用
浮世絵が発見した日本の線。「広重復刻木版画、摺りの実演」
鉄筋彫刻やそのルーツに当たる銅版画の創作を通じて、徳持さんの作品には一貫したテーマがあります。
西洋の塊である彫刻に対する、日本固有の線だけを用いた(立体)表現とは何か、というもの。
そこには日本独自の「線」表現が花開いた浮世絵の探究がありました。
7月17日に開かれた「広重復刻木版画、摺りの実演」は、徳持さん自身が実演を交えながら、間接的に自作の背景を語るかのような、約2時間のセミナーイベント。
輪郭線をほとんど描かず、境界はぼかされることが多い西洋の油絵。一方で、輪郭を細部までしっかりと縁取るように線で表現する日本画。
北斎、歌麿、広重など浮世絵師たちの原画(下絵)もその特徴を踏襲(とうしゅう)しています。
流れるような細い線、 太く一気に引いた線、最後(終筆)を跳ねた線。線だけがもつ豊富なバリエーション。
そこに「永字八法(えいじはっぽう)」という言葉で表せるように、書との共通点を見出せると徳持さんは言います。
「永」の一文字に、書に必要とされる8種の技法すべてが含まれていることを示したのが「永字八法」です。
日本人が浮世絵と対峙したとき、遠近法で描かれていないことにさほど違和感なく鑑賞できるのは、筆文字にまつわる慣習的な要因があるのかもしれません。
今回の摺(す)りの実演でクローズアップされた摺りや彫りの技術も、専門性に特化した進化を遂げていて、浮世絵の見方に新しい視点が加わりました。
おわりに
ジャズへの興味から作品展を取材した筆者が感銘を受けたのは、江戸の大衆メディアを支えた裏方の技量。
浮世絵の摺り師や彫り師の創造性は、有名な絵師のそれに劣るものではなく、つたない鑑賞眼からウロコが落ちるような感覚でした。
徳持さんの作品は見掛けはグローバルな題材を取り上げながら、よく見ると根幹には日本のアーティストらしい手つきが感じられます。
視点を固定せず、いわばジャズのように自由に移動しながら楽しめるのも彫刻の醍醐味です。
想い返せば、長屋門をくぐり抜けたところが、すでに徳持アートへの結界ではなかったかと思います。
そうした作品を展示する歴史的な建物がかもしだす、素朴ながら重厚な雰囲気もまた魅力的でした。
徳持耕一郎作品展「私の線」のデータ
名前 | 徳持耕一郎作品展「私の線」 |
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期日 | 2022年7月16日(土)〜7月24日(日) |
場所 | 広島県福山市新市町戸手2166 |
参加費用(税込) | 大人500円 中学生以下300円 未就学児 無料 |
ホームページ | NOBUOKA FLAT MUSEUM |