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ひらくみらい ~ 啓文社が障がい福祉サービスの運営開始!創業94年の書店が新事業を始めた理由

ひらくみらい ~ 啓文社が障がい福祉サービスの運営開始!創業94年の書店が新事業を始めた理由

知っとこ / 2025.06.12

福山市内だけでも現在4つの書店やカフェを展開している株式会社啓文社は、1931年(昭和6年)に広島県尾道市で書店を創業した、94年の長い歴史を誇る会社です。

2025年4月、その啓文社が新しい事業を始めました。障がい福祉サービスです。
福山本通商店街にできた事業所の名前は「ひらくみらい」。

なぜ書店とはまったく違う事業を始めるに至ったのか、そこにはどのような想いがあったのか、お話を聞いてきました。

記載されている内容は、2025年6月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。

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就労継続支援B型事業所「ひらくみらい」とは

ひらくみらい外観
ひらくみらい外観

「ひらくみらい」があるのは、福山駅から8分ほど歩いてたどり着く、本通商店街の一角です。

障がい福祉サービスといっても、さまざまなものがあります。そのうち、さまざまな理由により一般の会社での就労が難しい人が、働くための知識やスキルを身につけながら働く機会を得るサービスが、就労継続支援事業です。

この就労継続支援をおこなう事業所には、さらに二つのタイプがあります。
雇用契約を結び給料をもらって利用する「A型事業所」と、雇用契約を結ばず工賃(事業所から支払われるお金)を受け取って利用する「B型事業所」です。

2025年3月時点で、福山市内にはおよそ20のA型事業と70以上のB型事業所があります。
ひらくみらいはB型事業所、つまり自分の体調や都合にあわせて柔軟な働き方を選べる事業所です。

毎週決まった曜日に通院する必要がある、朝起きるのが困難、体調が不安定など、働きにくさの原因は一人ひとり異なります。働き方を柔軟に選べるB型事業所は、働く意欲を持っている人が無理をせずに一歩前に進むための場所だといえるでしょう。

ひらくみらいの仕事内容

ひらくみらいで利用者さんたちは、本やコーヒーに関する作業をしています。啓文社でアルバイトやパートの人にお願いしていた仕事の一部を、ここでしているのです。

現在、進めている作業はおもに三つあります。
一つめは「アウトレットブック」と呼ばれる本に、バーコードのシールを貼る作業です。

アウトレットブックにシールを貼る
アウトレットブックにシールを貼る

スーパーマーケットやドラッグストアなどで、定価より安い価格で販売されている本がアウトレットブックです。啓文社では30年くらい前から、出版社が作りすぎて売れ残った本を買い取って、アウトレットブックとして販売する事業を手掛けています。
そのアウトレットブックの値段のつけかえは、事業のなかで必要不可欠な作業です。

シールを貼り終わったアウトレットブック
シールを貼り終わったアウトレットブック

二つめは、学校や公立の図書館へ納める本に、保護のためのビニールコーティングをしたり、図書の管理ラベルを貼ったりする作業です。残念ながら取材日には、実際の作業を見ることはできませんでした。

三つめは、コーヒーのドリップバッグを作る作業です。

啓文社では作家とのコラボコーヒーを販売している
啓文社では作家とのコラボコーヒーを販売している

啓文社では、これまでも200g入りの大きな袋でコーヒーを販売していましたが、一杯用のドリップバッグの需要が出てきました。ひらくみらいでは一つずつていねいに、ドリップバッグを作っています。作業の流れを見せてもらいました。

コーヒーを計量する(実際の作業時は手袋を着用)
コーヒーを計量する(実際の作業時は手袋を着用)
計量したコーヒーをドリップバッグに入れる
計量したコーヒーをドリップバッグに入れる
ドリップバッグの口をシーラーで閉じる
ドリップバッグの口をシーラーで閉じる
完成!
完成!

合理主義者はまつりをなくす

ひらくみらいのリーフレット
ひらくみらいのリーフレット

啓文社には、ずっと大切にされてきた言葉があるそうです。
それが「合理主義者はまつりをなくす」。

まつりとは、非常に手間がかかり、苦労の割に利益が生じにくいものかもしれません。しかし、合理性だけを重視してまつりをなくせば、文化や歴史、人とのつながりなど、先人たちが大切にしてきたものが失われてしまいます。
人生を豊かにするのは一見無駄に見えるかもしれないこと。すぐに効果が出ることだけを追い求めてはいけない、という戒めの言葉です。

啓文社では創業90年を迎えた際に、新たな経営理念を掲げました。
啓文社は、お客様を第一に、教育・娯楽・情報と地域をつなぐ、お役立ち企業であり続けます
また、同時に掲げたミッションは「『本』をはじめとしたあらゆるモノ・コトを提供する」です。

これらの考え方に基づいて「ひらくみらい」の事業が始まりました。
ひらくみらいの「ひらく」には、さまざまな意味が込められています。

  • 本をひらく
  • 社会へひらく
  • 未来がひらく

啓文社の「啓」の字にも「ひらく」という意味があります。

広々とした事業所内部
広々とした事業所内部

働きたい人が働ける場所を作る

ひらくみらい管理者の井上剛さん
ひらくみらい管理者の井上剛さん

「恥ずかしながら最近まで、啓文社では障がいのあるかたの雇用について十分に考える機会がありませんでした」
と説明してくれたのは、ひらくみらいの管理者である、井上剛(いのうえ つよし)さんです。

「これまでに障がいのある社員がいなかったわけではありません。児玉憲宗(こだま けんそう)という、車椅子の社員がおりました。児玉は私の先輩で、ポートプラザ店の立ち上げ時の店長でしたが、その後に大病を患って車椅子を使うようになったのです。
車椅子を使いながらも精力的に活動していましたが、緑町の店舗を立ち上げてから1年後に亡くなりました」

児玉さんが亡くなったあとも、しばらくの間、啓文社での障がい者雇用はありませんでした。しかし、障害者雇用促進法の改正を受け、2024年4月から特別支援学校の卒業生を尾道の倉庫部門のパートとして雇用することになりました。おもにアウトレットブックの作業をする部門です。

「3月に学校を卒業して4月から働いてくれるようになったのですが、最初は緊張して声もあまり出ず、控えめな感じがありました。しかし、慣れてくると、おはようございます!と元気にあいさつしてくれるようになり、他のスタッフともコミュニケーションを取れるようになってきて、数か月で人は変わるものだなと感じていたんです。

夏になって、特別支援学校の校長先生や担任だった先生たちが彼らの働いているようすを見にこられました。そのときに、先生たちが『顔つきが変わったね!すっかり大人の顔になって!』とおっしゃったんですよ。

子どもの頃からずっと見ている先生だからこそ、余計に強く変化を感じたのだと思います。『みんなに囲まれて一緒に働くと、こんなに自信があふれたようすになるんだね』と。

その言葉を聞いて、働くことに障がいのあるなしは関係ない、働きたい人に働く場を提供することも私たちにできることなんじゃないか、そう思ったんです」

啓文社の社員だった児玉憲宗さんの著書『尾道坂道書店事件簿』
啓文社の社員だった児玉憲宗さんの著書『尾道坂道書店事件簿』

ほぼ同じタイミングで、本通の建物を長年使っていた団体が事情により退去します。
ここは1999年にポートプラザ店へ移転するまでは、啓文社福山店があった場所でした。空いた建物を、他の会社や団体に貸していたのです。

「退去のときに『啓文社さんも、障がいのあるかたにやってもらえる作業が社内であるのなら、ここでやってもらったらどうですか。とてもいい場所ですよ』と言われました。この建物を次にどうやって活用しようか、カフェにしようか、でも車が停められないと難しいだろうか、などと考えていたところでした」

また、新規事業や人手不足に悩んでいたタイミングでもありました。
昨今、全国で書店の閉店が続き、経済産業省が書店を残すための支援策に取り組んでいます。しかし、支援を待っているだけではなく、自分たちでなんとかしないといけないと、啓文社は新しい事業を模索していました。

また、書店のアルバイトを募集してもなかなか集まらない、慢性的な人手不足が続いていました。

「児玉の存在、支援学校の卒業生の仕事ぶり、事業所に適した空きスペースなど、すべてのピースがこのタイミングでぴたりとはまった感じでした。
障がいの有無にかかわらず、働く意欲と力のある人が、十分に働く機会を得られない現状がある。一方で、私たちは人手不足に悩んでいる。それならば、そうした人に来ていただいて働いてもらえる場所を作ろう、と考えました」

こうして、啓文社はこれまで経験のない福祉サービス事業に乗り出すことになったのです。

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縁がどんどんつながった

『大田記念病院が心をこめて贈る91のレシピ』を手にする、ひらくみらいスタッフの向貴秀(むかい たかひで)さん
『大田記念病院が心をこめて贈る91のレシピ』を手にする、ひらくみらいスタッフの向貴秀(むかい たかひで)さん

さまざまなタイミングが重なっただけではなく、さまざまな縁もつながっていきました。

福祉サービスを始めるときには、医療機関と協力契約を結ぶ必要があります。福山市内の医療機関とのつながりが薄かった啓文社は、どこに協力を頼めばよいのかと考えていました。

「そのとき思い出したのが、10年前に緑町店をオープンする際に大田記念病院と啓文社が作った、『大田記念病院が心をこめて贈る91のレシピ』という本です。これも児玉の仕事でした。
無茶を承知で、この唯一のご縁を頼りに協力をお願いしに行きました。そうしたら『ありがとう』と言われたんです。え?なぜ?お願いしているのはこっちなのに?と戸惑いました」と井上さん。

大田記念病院は脳を専門に診る病院です。突然脳の血管が詰まって引き起こされる脳卒中の患者さんもいます。脳の細胞に血が行き渡らなくなって脳に大きなダメージが出ると、脳梗塞となります。後遺症で麻痺が残る場合もあり、病気によって仕事を失って自宅に引きこもってしまうケースも少なくありません。
脳梗塞の患者さんを治療しても退院後のフォローをできないことが、大田記念病院の悩みでした。

「だから啓文社が福祉事業所をやってくれるならありがたいこういうところがありますよと案内できる、と快く協力を引き受けてくださいました。ありがたいことです。10年前のご縁を頼って行って、こんなふうに言っていただけるとは思いもしませんでした」

ひらくみらいがある本通商店街
ひらくみらいがある本通商店街

また、福祉事業所には、利用者さん一人ひとりにあわせた支援計画を作成したり、関係機関との連携を取ったりなどする「サービス管理責任者」の配置が必須です。

啓文社の社員だけでは対応できないため、福祉事業所で働いた経験のある人を探しました。すると、尾道で図書館に納める本の装備作業を通してつながりのあった事業所にいた人や、別の障がい福祉サービスの事業所で働いていた人が、仲間に加わってくれました。

こうして、福祉の経験が豊富な2人と啓文社の井上さんと向さん、そして社長の5人のスタッフの元、2025年4月にひらくみらいがスタートしました。

ひらかれたみらいへ向けて

向さんと井上さん

ひらくみらいの定員は20人。しかし、体調や都合にあわせて働くシステムのため、登録者は30人くらいになると想定しています。

ひらくみらいの事業開始から印象に残っていることをたずねると、井上さんは笑顔で答えました。

「スマホを買った、と利用者さんがニコニコして見せてくれたんです。自分のお金で自分の好きなものを買うことも、利用者さんにとって『未来がひらく』ことのひとつなのだと感じました」

働くことが社会への扉をひらき、可能性をひらき、未来をひらいていくのです。

「啓文社さんが本通に戻ってきてくれてうれしいよ」と声をかけてくれる地元のかたも多いそうです。
長年地元で文化を育み人との縁をつないできた啓文社と、利用者さんのみらいが、ともにひらいていっています。

就労継続支援B型事業所ひらくみらいのデータ

ひらくみらい外観
名前就労継続支援B型事業所ひらくみらい
住所福山市笠岡町1-7 啓文社福山本通りビル1階
電話番号084-999-7185
ホームページ就労継続支援B型事業所ひらくみらい
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山口 ちゆき

山口 ちゆき

Webライター。夫と息子2人の4人家族。毎日どんなごはんを食べようかと考えている食いしんぼうです。お菓子作りと読書が好き。

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