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HITOTOITO事務局 黒木美佳(くろき みか)さんインタビュー

株式会社ディスカバーリンクせとうちの黒木美佳さんは、メンバーたちの意見を取りまとめたり、デニムスクールの受講生たちに明るく声をかけたりして、運営を引っ張ってきました。
「繊維産地継承プロジェクト委員会」発足
HITOTOITOは、福山の繊維工場が集まって作ったプロジェクトなのですね。
黒木(敬称略)
そうです。始まりは2016年、縫製工場の経営者が集まっての勉強会でした。
福山の繊維産業には素晴らしい技術があります。
しかし、高い技術を持った縫製職人たちが高齢化していて、後継者が足りません。
若い人たちに縫製の仕事を伝えていかなくては、との思いがありました。
そこで、勉強会に集まったなかの数社で「繊維産地継承プロジェクト委員会」を作ったのです。
それがHITOTOITOですね。「人と布」や「人と服」ではなく「人と糸」なのには、どんな想いが込められているのでしょうか。
黒木
製品を作るための最初の工程は、糸を紡ぐことです。
連綿と続いてきた歴史の糸、人と人との絆やつながりも大切にしたい。
そこで「ヒトトイト」と名付けました。
つながり=糸、なのですね。ところで、こちらのデニムスクールは、はじめからこのスタイルだったのですか。
黒木
いいえ。実は最初は、参加者がお金を払って勉強する「スクール」ではなく、縫製技術を学ぶ「研修生」を募集するスタイルを取っていたんです。
そもそもは、後継者を育成して繊維産業へ就職してもらうことが狙いでした。

そうだったんですね。しかし、研修後は絶対に就職しないといけないのでは?と思われそうな気がします。
黒木
まさにそれで、けっこうあやしまれたのかもしれません。
それでもなんとか2人が参加して、2018年に「技術者研修」としてスタートしました。
場所は加富屋(かどや)株式会社さんの工場の一角でした。
参加した2人はまったく縫製の経験がなかったのですが、1か月でデニムが縫えるようになったんです。
それで私たちもこの事業に自信を持ちました。
その後、福山市から助成金をいただいて、ホームページやパンフレットの作成やデニムスクールの運営などにあて、次の準備をしていったんです。
誰でも参加できる「デニムスクール」に

ホームページやパンフレットがあると趣旨を理解してもらいやすいですね。では、2回目は多くの受講者が集まったのでしょうか。
黒木
2回目からは、繊維産業に就職したい人だけではなく、デニムについて学びたい人は誰でも参加できる「デニムスクール」へと、方針を転換しました。
また、テキスト代として3,000円をもらうようにしたのです。
このやり方で、4人が集まりました。
デニムスクールでは、卒業後に繊維関係の就職を希望する人に向けた情報提供も行なっています。
1期生のうちの1人は、委員会の会社に入社しました。
2期からは定員の6人が集まるようになり、午前の部と午後の部に分けて実施することにしたんです。
テレビの取材が来るようになったり、企業の研修として利用されるようになったりと、だんだん認知度が高まりました。
順風満帆ですね。
黒木
けれども、3期を終えたところで新型コロナウイルス感染症が広がって、加富屋さんの工場を使えなくなってしまって。
ちょうど私たちの会社が移転を考えていたタイミングでもあったので、1階を会社、2階をデニムスクールにできる、この場所に移りました。
ここで始まった4期目からは見学や視察の対応もできるようになり、結果的には良かったですね。
では4期目からまた、雰囲気が変わってきたのですか。
黒木
はい。助成金もなくなり、自走しなければならなくなった時期と重なります。
3,000円では運営できないので、受講料をいくらにしようかと、かなり悩みました。
結局、デニムパンツだけではなく、ペンケースやトートバッグなども縫えるようにして、テキスト代10,000円、材料費25,000円の計35,000円に。
受講料が10倍になって受講生が集まるだろうかと心配しましたが、多くの人が参加してくれました。
2022年7月現在の受講料は、計45,000円(税別)です。
卒業生の進路は?

2018年から2022年6月まで、13期にわたってデニムスクールが開催されてきました。どんな人が参加して、どんな道へと進んでいるのでしょうか。
黒木
最初はほとんどが女性でしたが、男性の参加も増えてきました。
ビンテージデニムの愛好家や、学校の先生だった人、イラストレーターやスタイリストなど、参加する人の背景や職業はさまざまです。
卒業生の1割ほどが、繊維関係の仕事に就いています。
残りの9割も、いざというときには助けてくれる存在です。
具体的にはどんなことで助けてくれるのですか。
黒木
自分のカフェにチラシを置いてくれる人、忙しいときに内職を引き受けてくれる人、イベントを手伝ってくれる人などですね。
大掃除をするときに集まって、期が違ってもそこで仲良くなっていく人たちもいます。
そこから仕事でのつながりを作っていってくれているのを見ると、うれしいですね。
できればもっと、そういった交流を増やしたいと思っています。
まさに、人と人との糸がつながっていく、そういう場所にということですね。
黒木
そうです。卒業生に聞くと、ここでデニムの縫い方を習った1か月は、それだけで終わりではないのだと。
それぞれの人生のなかのひとときの、ちょっとした時間にすぎないけれど、それがその人の、人生の糧(かて)になっているんです。
やはり、活動の根源は人と人。
つながりが広がっていけばいいなと思っています。
13期生までで、卒業生は100人になりました。
卒業生のなかには、デザイナーとなった人や、革職人、バッグの作家もいます。
卒業生たちの活躍で、HITOTOITOを知ってくれる人が増えてきました。
県外や海外から参加する人もいるので、民泊の用意もしています。
2022年7月には、フランスからの参加者を迎えました。
彼はジャパンデニムが大好きで、そこからデニム産地の福山を知り、私たちのSNSをずっと見てくれていたそうです。
▼詳しくは、以下の記事を見てください。
海外の愛好者が絶賛するデニム生産地福山の特徴とは

海外のデニム愛好者もジャパンデニム、中でも福山のデニムに注目しているとのことですが、生産地としての福山の強みは何でしょうか。
黒木
世界中に名を知られているラグジュアリーブランドのデニムも、福山で作られています。
ブランドの求める一流の品質に応えられる、高い技術があるのが福山です。
そして、その品質と技術で世界中の人を魅了しています。
製品ができるまでの工程の一つひとつを、それぞれ専門の会社で分業しているのも、福山の特徴です。
糸を紡ぐ、布に織る、型紙を作る、裁断する、縫い上げる、ボタンや鋲(びょう)を打つ、染色する、洗い加工をする、仕上げをするなどの工程を、それぞれの専門工場の職人たちが手掛けています。
しかも、それらの工場が近くに集まっている産地は全国的にも珍しく、他は1つの工場ですべての工程をおこなうか、あるいは、専門工場が遠く離れているところがほとんどです。
それぞれが専門に特化し、分業しているからこそのクオリティ、ということですね。
黒木
はい。ですからこの備後デニムを、もっと知ってもらいたいと思っています。
この技術そのものが商品です。
自分の手で作り上げる喜びを体験してもらったり、産地見学をしたり。
今後、企業向けにオーダーメードで組んだ研修や、海外のデニム愛好者の人に向けたツアーも企画しています。
人と糸の歴史と文化を伝え、人と人とをつなげる

福山は、高度な技術を持って高い品質のモノづくりを行う、世界でも類を見ない繊維産地です。
100人の卒業生が縫い上げた100本のデニムには、100本のストーリーがあります。
そのストーリーを一度に展示してみたいと、黒木さんは微笑みました。
人と糸とが作ってきた歴史と文化。
人と人とのかかわり。
糸と糸とが交わって絣の模様ができていくように、福山の繊維産業にかかわる人たちが交わって、これから誰も見たことのない美しい模様の布を織り上げていくのかもしれません。
HITOTOITO(ヒトトイト)のデータ

団体名 | HITOTOITO(ヒトトイト) |
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業種 | 繊維産地継承プロジェクト |
代表者名 | 委員長 後藤和弘 (加富屋株式会社) |
設立年 | 2016年 |
住所 | 福山市新市町新市1156-1 |
電話番号 | 0847-44-9833 |
営業時間 | 平日 午前9時~午後4時 電話は午前10時~午後6時(担当:黒木) |
休業日 | 土、日 |
ホームページ | HITOTOITO |
がまぐち作家の山田恵(やまだ めぐみ)さんにお話を聞きました。
「ここでプロの縫製のコツを教わってから、バッグを縫うスピードがあがりました。ちょっとしたコツでまったく変わるんです。県外のイベントに参加したときには、HITOTOITOの卒業生だという人が訪ねてきてくれました。そんなつながりができたのも、ここで学んだおかげです」