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天寶一 ~ かつて日本酒が嫌いだった5代目社長が日本酒にかける思い

天寶一 ~ かつて日本酒が嫌いだった5代目社長が日本酒にかける思い

知っとこ / 2025.01.16

広島県福山市神辺町は江戸時代、大阪と九州を結ぶ西国街道の宿場町でした。
天寶一(てんぽういち)はそのような宿場のなかにたたずむ歴史ある酒蔵です。

「和の食材、食文化を最大限に生かす名脇役」がコンセプトで、「超辛」シリーズなどが知られています。
最近では「ローズマインド」がG7広島サミットでも振る舞われたことが話題となりました。

天寶一の5代目社長、村上康久(むらかみ やすひさ)さんから天寶一や日本酒に関するさまざまな話をうかがいました。

記載されている内容は、2025年1月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。

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若いころは日本酒が嫌いだった

天寶一のお酒は筆者も何度か飲んだことがあります。
スッキリとした辛口で非常においしい日本酒です。

このような素晴らしい日本酒を造る会社なのですから、社長の村上さんは生粋の日本酒好きなのだろうと思っていたところ、本人からは意外な言葉が聞かれました。

村上さん

「私はもともと日本酒が嫌いだったんです。
若いころはおいしい日本酒に出会ったことがなかったんですよ。
天寶一は継ぐつもりでしたが、そのころは杜氏(とうじ)が造った酒を自分が営業として売る考えしかありませんでした」

しかし、村上さんの考えが大きく変わった出来事がありました。

「福山に帰ってきて半年後くらいに、とある研修があったんです。
そこで出会った日本酒『十四代』に衝撃を受けました
しかもその酒を造っているのは私とたった1歳違いの人です。
感動と同時に強烈なジェラシーを感じました。

そこから、杜氏が造ったものを売ればいいではなく、自分がおいしいと思うものを造りたいと、考え方が本当に180度変わりました

酒質設計者として理想の日本酒を追い求める

村上さん

村上さんはそれからさまざまな改革に取り組みました。

「私は蔵人(くらびと・酒蔵で働く従業員のこと)に『我々は人様の口に入れていただいて、喜びを与えるものを作っている』と常々言っています。
しかし、私が継承したころの天寶一ではその考えが徹底されていない部分がありました。
そのため、まず現場をきれいにすることを徹底しました。

日本酒造りは『一麹二酛三麹(いちこうじにもとさんこうじ)』といわれます。
米の洗い方、蒸し方、現場の清潔さでいい日本酒になるかどうかが決まるんです。
たとえば、うちでは米を10kgずつ1分半ピッタリで洗っています。
酒米(さかまい)は割れやすいので、できるだけ短時間で洗う必要があるんです」

また、水にもこだわりがあります。

「今、天寶一で使っている水は地下200mからくみ上げている超軟水を使っています。
飲むととてもおいしい水で、料理には最適ですが、うちのような辛口の酒をこのような軟水で造るのは本当に難しいんです。
そのままだと発酵力が弱く辛口の酒ができないので、仕込み途中にミネラル分を加えるなどさまざまな工夫をしています。
周りからは『この軟水でどうやったらこんな辛口が造れるのか?』と驚かれるほどです」

西国街道沿いに位置する天寶一

杜氏とともに現場で試行錯誤していた村上さんですが、最近は社長業に専念しているそうです。

「最近は酒造りに関しては杜氏に任せて、私は『酒質設計者』として関わるようにしています。
日本酒造りを家の建築に例えると、『酒質設計者』は1級建築士、『杜氏』は大工の棟梁、『蔵人』は大工です。

私は割烹料理屋さんや寿司屋さんなどの和食店で好まれるお酒を造りたいと思っています。
スパッとキレるようなキレ味の辛口が理想のイメージです。
そのイメージをもとに設計した酒質を杜氏に渡しています。
今の杜氏とはもう30年近く一緒にやっているので、私が設計した酒質に対して満足行くものを造ってくれています」

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天寶一の歴史と祖父久二

天寶一の歴史ある看板
天寶一の歴史ある看板

天寶一は1910年(明治43年)創業です。
創業当時の銘柄名は「美喜桜(みきざくら)」でした。
現在の天寶一に変わったのは3代目社長の村上久二(むらかみ ひさじ)氏のときです。
久二氏は村上さんのおじいさんにあたる人です。

「私はおじいちゃん子で、小さいころから祖父にかわいがられました。
祖父の時代は、三増酒(さんぞうしゅ)と呼ばれるアルコールや糖類が添加された酒が売れていた時代です。
日本酒本来の味ではない甘さがある、おいしくない酒だったんですが、当時はそれが当たり前でした。
しかし、祖父はアルコールを添加せず、米を磨いておいしい日本酒を作ろうとしました。
今でいう純米酒の先駆けですが、時代には逆行するものです。
なかなか売れず苦労も多かったと思いますが、その方針を貫いた祖父をとても尊敬しています
天寶一で今使っているロゴも祖父が大理石を彫って作ったものなんですよ」

久二氏の彫刻をモチーフにした天寶一のロゴ
久二氏の彫刻をモチーフにした天寶一のロゴ

天寶一のラインナップには「生酛(きもと)純米大吟醸『久二』」と久二氏の名前を冠した商品があります。

「祖父に対する敬意と祖父の思いを受け継ぎたい思いで作ったのが『久二』です」

生酛純米大吟醸「久二」
生酛純米大吟醸「久二」

コロナ禍から生まれたローズマインド

2020年から始まったコロナ禍は世の中に大きなダメージを与えました。
特に日本酒など飲食業界が受けた被害は計りしれません。
天寶一の「ローズマインド」はそのような状況で誕生したお酒です。

「コロナ禍で福山の町は死んでしまったかのようでした。
飲食業界のためになんとかしたいと考えていたある日、車を走らせていると、ふと『バラ酵母を使ったパン』が目にとまったんです。
バラ酵母でパンが作れるのなら、日本酒でもいけるんじゃないかとひらめきました。

すぐにバラ酵母の研究をされている福山大学の久冨泰資(ひさとみ たいすけ)先生へ連絡したところ、久冨先生はすぐに天寶一まで来てくれて、協力してもらえることになりました。
先生からいただいた酵母はとても穏やかな香りで、天寶一が目指している食事を邪魔しないお酒にもピッタリだったんです。

ローズマインドはもともと福山市が登録して使っている言葉で、『思いやり 優しさ 助け合いの心』を表す言葉です。
この言葉を知らない人にも、このお酒をきっかけに知ってもらえばという思いもあり、福山市から許可をもらってローズマインドの名前で発売しました」

ローズマインド
ローズマインド

ローズマインドはG7広島サミット(第49回先進国首脳会議)で振る舞われたほか、2025年に開催される第20回世界バラ会議福山大会 2025のウェルカムドリンクにも決定しています。
実は今も進化を続けているそうです。

「ローズマインドで使われているバラ酵母は、久冨先生が広島県立総合技術研究所の大土井律之(おおどい りつし)先生と協力して今も改良を続けています。
最新のものは、酒を飲んだときに鼻へ抜ける含み香(ふくみか)に、ほんのりとバラの香りがするようになっています。
2020年の販売当初とは比べものにならないくらいの進化です。
今後も本来のバラの香りに近づくような進化は続いていくでしょう。
久冨先生には本当に感謝しています」

ただ、ローズマインドには課題もあります。

天寶一の外観

「サミットで取り上げられたことなどから知名度は上がったのですが、買える場所が限られているのが課題です。
お土産売り場などになかなか置いてもらえず苦労しています。

ローズマインドに限らず、我々のような地酒を販売できる場所がそもそも少ないんです。
全国に地酒専門店が150くらいあるんですが、そのお店のかたを一人ひとり天寶一まで招いて、うちのファンになってもらうしかない。
そうしないと本気で売ってもらえません。
30年間、こうした地道な作業をずっとやってきました」

筆者は広島市に住んでいるのですが、たしかに天寶一を取り扱っている店が近所にはないため、もっと手軽に購入できればいいのにと思うことがあります。
一度は飲んでみてもらいたい日本酒なので、もっと多くの人に知ってもらえる機会が増えてほしいと感じました。

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日本酒が置かれている現状

天寶一が置かれている状況は決して楽観的なものではありません。
天寶一が、というよりも日本酒が置かれている現実は、私たちが思っているよりもずっと厳しいもののようです。

村上さん

日本酒がとにかく飲まれていません
日本人の日本酒の消費割合はたったの6%しかないんですよ。
世界中を見回しても国を代表する國酒(こくしゅ)がここまで飲まれないのは日本だけです。
ワインが飲まれなくなったといわれるフランスでも30%くらいはありますからね。

さらに、ただでさえ飲まれていなかったところにコロナ禍が追い打ちをかけました。
飲食店から話を聞いていると、コロナ後も客足が戻らず閉店時間を早めることが増えたそうです。
また、4合瓶の出荷は増えているのですが、1升瓶は減っています。
これも日本酒の消費が減っているからです。

日本酒が飲まれないのは、日本人の体質も影響しているのかもしれません。
日本人はアルコールに強い人が多くないので、日本酒のアルコール度数である15度前後だと高いと感じてしまう人が少なくないようです。
そのため、最近は低アルコールの日本酒を造っている酒蔵も多いです。
しかし、低アルコールにすると品質の維持が難しいため、天寶一ではあえてやっていません。

直汲みシリーズ「天寶一 超辛純米 直汲み」
直汲みシリーズ「天寶一 超辛純米 直汲み」

その代わりに、ガス感のある直汲み(じかくみ)と呼ばれる日本酒を限定酒として販売するなどの工夫をしています。
絞りたての数時間で瓶詰めしたものは、液体のなかに二酸化炭素が含まれているんです。
あとから炭酸を入れたものとは異なる自然のガスには清涼感とボリューム感があるので、最初の1杯に最適です。
そのあとは刺身にも合いますし、寿司にもピッタリです。
とても受けが良いシリーズです。

そもそも日本酒と水を交互に飲んでいれば体にも負担はかかりにくいんですけどね。
日本酒といってもさまざまなものがあることや、負担のかかりにくい飲み方があることをもっと若い人にも知ってほしいです」

海外へ活路を見いだす

海外への出荷を待つ天寶一の日本酒たち
海外への出荷を待つ天寶一の日本酒たち

厳しい現実に置かれている日本酒業界。
村上さんが感じているのは、国内だけでは展望が開けないのではないかということです。

「このまま国内だけで販売をしていると、次の世代に継承できないという危機感があります。
そのため、海外へ市場を広げようとしています。

というのも『和食』が世界文化遺産に登録されているので、いろいろな国で和食店が増えており、そこに日本酒の需要があるんです。
また、先日『伝統的酒造り』が世界文化遺産に登録されたことも日本酒にとって追い風となっています。

海外へ出荷される商品と村上さん
海外へ出荷される商品と村上さん

現在ブラジルとシンガポール、台湾に出荷しています。
今後はタイ、アメリカにも出荷する予定です。

外国で日本酒が流行り、海外のYouTuberなどに取り上げられれば、日本の若い人がそれを見て、日本酒に対する意識が変わってくれるのではないかと期待しています」

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おわりに

祖父の腕時計を身につける村上さん
祖父の腕時計を身につける村上さん

かつて日本酒が嫌いだった村上さん。
しかし、日本酒が置かれている現状への危機感や日本酒造りへのこだわりなどが熱く語られたインタビューで、村上さんの日本酒に対する愛が強く伝わってきました。
あれだけ素晴らしい日本酒ができる理由が、筆者にも少し分かった気がします。

2025年5月に福山市で世界バラ会議が開かれ、ローズマインドがウェルカムドリンクとして振る舞われます。
より多くの人々に天寶一の素晴らしさを知ってもらいたいとあらためて感じました。

村上さんの左腕には古風な腕時計が巻かれています。

「おじいさん(久二氏)の形見なんですよ。古いロレックスなんですがね」

少し照れくさそうに答えた村上さん。
先祖から受け継いだ天寶一を次の世代へ引き継ぐため、祖父の形見とともに村上さんの奮闘は続きます。

株式会社天寶一のデータ

団体名株式会社天寶一
業種日本酒醸造
代表者名村上康久
設立年1910年(明治43年)
住所広島県福山市神辺町大字川北660
電話番号084-962-0033
営業時間午前8時~午後5時
休業日土、日
ホームページ天寶一 official site | 広島県福山市唯一の地酒
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山根厚介

山根厚介

WebライターやWeb制作、家庭教師など複業で暮らしています。
現在は広島市に住んでいますが、以前福山と尾道に住んでいたことがあります。
歴史や文化などを中心に隠れた備後の魅力を伝えていければと思っています。

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