福山市田尻町に、日本中からお客を集める1軒のギャラリーがあります。
2023年4月20日でオープンから10年となったギャラリーの名前は「ここち Comfort Gallery 器(ここち コンフォートギャラリー うつわ)」(以下、ギャラリー器)。
アートと人とを引き立てる器のような存在でありたいと名付けられたギャラリーの予約は、2年先まできっちりと埋まっています。
なぜこの場所にこのようなギャラリーができたのか、どのような展示会を企画しているのかなどについて、じっくりと話を聞いてきました。
記載されている内容は、2023年11月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
ここち Comfort Gallery 器のデータ
名前 | ここち Comfort Gallery 器 |
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所在地 | 福山市田尻町1974-1 |
電話番号 | 084-956-0117 |
駐車場 | あり 8台 |
開館時間 | 午前10時~午後7時 |
休館日 | 月 企画展開催準備期間は休み |
入館料(税込) | |
支払い方法 |
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予約について | |
タバコ | 完全禁煙 |
トイレ | 洋式トイレ |
子育て | |
バリアフリー | |
ホームページ | ここち Comfort Gallery 器 |
芦田川大橋から車で行く場合
県道380号線から22号線を通り、鞆方面へ向かって進みます。
田尻町の杏並木の手前の分かれ道にある「器」の看板を目印に、右の道へと入ってください。
たじりこども園の前を通り過ぎ、しばらく行くと右手に田尻民俗資料館があります。その向かいが「ここち Comfort Gallery 器」です。
駐車場は民俗資料館の裏にあります。
コミュニティーの場、人の器
ギャラリー器の特徴のひとつは、一度見たら忘れられない、建物自体の美しさです。
付加価値としての建築
ギャラリー器のオーナーである縄稚裕子(なわち ひろこ)さんは、退職後には「コミュニティーの場」を作ろうと考えていました。
はじめにイメージしていたのは、ものづくりを楽しめ、展示や講座を開ける場所です。
リカーショップとして使われていた建物を譲り受けることになり、リノベーションをすることにした縄稚さんは、田尻町までお客さんを呼ぶためにはどのような付加価値があればよいだろうかと考えました。
そうだ、建物そのものが付加価値となるようにしよう。
そう考え、建物の設計をUIDの前田圭介(まえだ けいすけ)さんに依頼しました。
建築家 前田圭介さんとの出会い
縄稚さんが前田さんの作品を初めて目にしたのは、2008年頃のことです。
偶然見かけた建物の美しさに、縄稚さんの心は一瞬で奪われました。
田尻の海と四国連山とが見える場所にあるその建物は、周りの景色に溶け込んで静かに建っています。
美術館か何かだろうかと思いながらしばらく眺めていたところ、その建物から現れた人と話ができ、そこが個人の住宅だと知らされました。
その人の厚意で家の中を見せてもらい、ますますその建物の魅力に引き付けられます。
持ち主から聞いた、今まで見たなかで最も美しい建物を設計した建築家の名前を、縄稚さんは心に刻みました。
前田さんは今では国内外で非常に高く評価されている福山出身の建築家ですが、当時は少しずつその名が知られ始めたところでした。
その後、とある集まりのなかでその住宅のことを話すと、なんと「前田さんならよく知っています。紹介しましょうか」という人がいたのです。
その造形に強く惹きつけられながらも自分には到底手が届かないものだと思っていた縄稚さんでしたが、せめて話だけでも聞いてみたいと前田さんの事務所を訪れます。
前田さん本人と話をし、この人と一緒に何かを作りたいとの思いを強くした縄稚さん。
偶然の重なりが、ギャラリー器を生むきっかけとなったのです。
「コミュニティーの場」として創った建物でしたが、完成後に「ギャラリーにしたら?」と提案したのは縄稚さんの友人でした。
そう言われて改めて見渡してみると、福山にはアートを気軽に楽しむための場所があまり多くはありません。
それならば「ギャラリー」の固定観念にはとらわれず、展示のほかものづくりや講座もできる場所にしてもいいかもしれない、感性の赴くまま軌道修正しながら進んでいってみよう、と縄稚さんは考えました。
訪れた人たちがここちよくいられる場所、人や作品の良さを引き立たせてくれる場所となるようにとの想いを込めてギャラリーに「器」の名を付けることに。
友人たちの紹介で集まった備後地域の作家たちの手によるさまざまな作品を並べ、2013年4月20日にギャラリー器がオープンしたのです。
人と人とをつなぐ場
オープンから10年たち、ギャラリー器は作家同士をつないだり、作家を育てるため別の場所を紹介したり、またお客さん同士が出会って仲良くなったりする場となっています。
1つの展示の期間は2週間。
展示と展示の間の1週間を使って、搬出と搬入をおこなうのが現在のペースです。
人気作家の展示のときには、関東や関西、九州などからもお客さんが集まります。
早朝から人が並び“1人5個まで”と上限を設けての販売となったり、抽選となったりすることもあるそうです。
ある作家の展示会を見るために遠くから来たお客さんのなかには、このギャラリー自体が気に入って「旅行のついでに」とまた立ち寄ってくれ、まったく別の作家の展示を見て帰っていく人もいます。
とくに印象に残っている出来事は何でしょうか、と尋ねると「makoさんの展示を見に、お客さんたちと金沢まで行ったこと」をあげてくれました。
2014年、アーティストのmakoさんが金沢21世紀美術館での展示会に参加することになり、「金沢ってどこ?」「行ってみたい!」というお客さんたち30人と一緒に、手配したバスで出かけたそうです。
夜中に福山を出て翌朝金沢に到着し、美術館と金沢の町を堪能して、その日のうちにまた福山へと戻ったのだとか。
お客さんと作家の距離の近さを感じさせる、素敵なエピソードですね。
また、ギャラリー器には建築を学ぶ学生や建築関係の人たちも大勢訪れます。
最近も、東京から60人の見学者が来たそうです。
どんなに素晴らしい建築であっても、個人の住宅だと見る機会はなかなかありませんが、ギャラリーとして営業しているからこそ、前田さんの建築を見たい人がじっくりと中を見学していけます。
そして、アートと出会うのです。
2年先まで予約が埋まるギャラリー
ギャラリー器では遠くから訪れる人のために、年間スケジュールを出しています。
こうして年間スケジュールが出せるのは、2年先までの企画が決まっているからです。
展示会を終えるとすぐに、2年先の予約をしていく作家もいるそうです。
2年かけて、展示する作品を用意してもらうという意味もあります。
人気作家の場合には、すでに予定が一杯で、展示が実現するのは4〜5年先ということも。
福山ではめったに出会えない作品や作家を紹介したいと、北海道から沖縄までどこにでも出かけて交渉します。
「初めての作家を訪ねるときには、建物のアルバムを持参して、ここで展示会をやらせてくださいと挨拶します。
すると身を乗り出して、話を聞いてくださるかたが多いですね」と縄稚さん。
建物が付加価値、というのはこういう意味でもあるのかと感じました。
知人やお客さんが作家を紹介したり、出かけた先で素敵な作家に出会ったお客さんが交渉してきたりすることもあり、これまでさまざまな魅力あふれる展示を実現してきました。
その他、魅力的な講座やワークショップなども積極的に開催しています。
大人のための絵本講座、収納カウンセラー飯田久恵さんを招いての講座など、こちらも多様なラインナップです。
「福山で、しかも田尻町でお客さんと一緒にアートを楽しめるのは本当に幸せですし、楽しいですし、おもしろいです。
今はオンラインや動画で簡単にさまざまな情報が得られますが、だからこそ、わざわざ足を運んででも見たい、参加したい、と思ってもらえるような企画をしていきたいですね」
と語る縄稚さんの手からは、これからも心躍る企画が生まれそうです。
いわもと あきこ さきおりバッグ展
2023年10月28日から11月12日までギャラリー器でおこなわれているのが、香川県高松市のさきおり作家、いわもと あきこさんの「さきおりバッグ展」です。
いわもとさんにとっても、初めての会場展示となります。
- 2023年10月28日(土)~11月12日(日)
- 午前10時~午後7時(最終日は午後5時まで)
- 月曜定休
さきおりとは
「さきおり」とは、ひも状に細く裂いた布を使った織物のこと。
縦糸には細い糸を、横糸には裂いた布を使って織り上げています。
古布を裂いて織り上げるさきおりもありますが、いわもとさんの作品に使われているのは、シャツやブラウスなどに使われる木綿の「ブロード」生地。
新しい生地を一度染め、ていねいに裂いてから織っていきます。
黄色の布に青を足して緑色にするなどして、カラフルな色を表現しているそうです。
さきおりの生地を見ると少しゴワゴワしているのかと思いましたが、そっと触ってみるとしなやかで柔らかく、ずっと触れていたいようなここちよさでした。
いわもとあきこさんの作品の魅力
いわもとさんの作品の魅力は、何と言っても心が躍るカラフルな色合いと、その組み合わせ方です。
織りの部分だけに注目しても決して均一ではなく、豊かな表情が感じられます。
すべてが手作業で作られる一点ものの作品は、見ているだけで気持ちがほっこりと温かく優しくなってくるようです。
もともとは着物の工房で織りを学び、いわゆる普通の反物を織っていたいわもとさんでしたが、着物の需要の少なさや織っても売れない状況を打開するため、さきおりの手提げバッグを作り始めました。
使ってもらえるものを作りたい。
喜んでもらえるものを作りたい。
その思いが作品に込められています。
「色を組み合わせるのが楽しいですね。
かわいいと思える形や色は、自分の中にあるんです。
そこからずれないように形にしています」といわもとさん。
いわもとさんといえばこれ、といわれる柄は大きな丸が躍る「まるちゃん」です。
大きな丸には、心が浮き立つ躍動感や元気さがありますね。
「パラパラ」も、いわもとさんらしい柄のひとつです。
その他、ぐるぐる、こばな、こりぼんなど、さまざまな柄が織り上げられています。
食パンほどの大きさの「はこちゃん」や、和服にも合わせやすい「さささんかく」など、実際に持ってみるとより一層いとおしさが増します。
香川県の伝統工芸品である「保多織(ぼたおり)」を使ったバッグも人気の作品です。
江戸時代には幕府への献上品として使われたという保多織の、肌触りの良さに驚きます。
お客さんのリクエストから生まれたという「スリングショルダー」は、赤ちゃんが眠るスリングのようなデザインで、身体にピッタリとフィットする感覚がなんともいえません。
同じ保多織を使った「うさぎ」も、たまらないかわいらしさですね。
「あたまの片隅には いつもねこ」といういわもとさんの手からは、猫にちなんだ作品も数多く生まれています。
人をつなぎ、心をつなぐ
ここち Comfort Gallery 器は10年間、作家やお客さんたち、人と人とをつないできました。
温かな器の中で、多くの心がつながって来たのです。
これからも、今まで出会ったことのない美しいものや、心躍るものとの橋渡しをしてくれる場所であり続けることでしょう。
建物を見に、あるいは作品を見に、どうぞふらりと気軽に立ち寄ってみてください。
新しい出会いが、あなたの毎日に少し彩りを添えてくれるかもしれません。