JR福山駅 西側のエリアプロモーションを牽引する「三ノ丸エリア」。
iti SETOUCHI(イチ セトウチ)は、その再生拠点として位置付けられている複合施設です。
昨年(2022年)9月の「半分開業」から、変化する施設のようすを公開し、来訪者と一体感を共有しながらさまざまな創造の波を起こしています。
開業当初より運営の柱としている事業のひとつが、現代アートを取り扱う、SLAP(SETOUCHI L-Art Project )。
メンバーが協議して招いたアーティストや地元のアート関係者とともに、企画展や関連イベントなどを開催しています。
現在開催中の福田惠『一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる』は、これまでにないスケールでインスタレーションを広くアピールする意欲的な個展です。
今回、関連プログラムに参加し、人びとの交流が生む創造的なインスピレーション、その源泉となるアート活動やまちづくりの可能性について考える機会を得ました。
記載されている内容は、2023年6月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
STUDY MEETING『アート活動とまちづくり』
まちの個性を生かしながら、創造的な活動へ人々を導けるかという問いは、福山駅前 三ノ丸エリアはもとより、あらゆる都市に共通した課題です。
『アート活動とまちづくり』は、令和5年6月3日(土)に、コワーキングスペース tovioのほか iti SETOUCHIで開催されたスタディ・ミーティング(学びを交えた集い)イベント。
今回初となったHIROSHIMA LIVING LAB(以下HLL)と iti SETOUCHI の共催イベントは、広島市と福山市の圏域を超え、人々の交流や連携促進のきっかけにしようという試みです。
本展の招聘アーティスト、広島在住の福田惠(ふくだ めぐみ)さんが HLLのリサーチャーであることから、福山市のiti SETOUCHIでの開催が実現しました。
プログラムは、SLAP主催の展覧会『一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる』を起点とした次のような内容。
- 前半 福田惠さんの基調スピーチ 展示作品をめぐるギャラリーツアー
- 後半 ファシリテーターによるテーマの提供 一般参加者を交えた対話
ファシリテーターは以下の4人が務めました。
- 福田惠(ふくだ めぐみ)さん アーティスト HLL リサーチャー
- 水木智英(みずき ともひで)さん HLL ボードメンバー・代表理事
- 香村ひとみ(こうむら ひとみ)さん SLAP プログラム・ディレクター THE POOL ディレクター
- 谷口博輝(たにぐち ひろき)さん SLAP ゼネラルマネージャー iti SETOUCHI 支配人
HIROSHIMA LIVING LAB(HLL)は、どのようなコミュニティか?
地域社会の課題が複雑化するなか、行政・企業・NPO など、一つのセクターだけでは解決が困難になっている近年の状況。
そこで地域社会の課題に対し、それぞれの考えを共有しながら、解決に向けた共創に取り組むのがHLLです。
広島をフィールドに、多様なバックグラウンドを持つ個人が集まり、コミュニティを組織しています。
各々のバックグラウンドを生かした個人が研究員(リサーチャー)となり、生活感覚(リビング)を忘れず、懸案やアイデアを持ち寄って地域課題の解決に向けた活動をしています。
多様な人とのつながりや「気づく・深める・形にする」といった共創活動は、サステナブルな社会づくりにも貢献するものです。
HLL 代表理事の水木智英(みずき ともひで)さんが、当イベントの進行役を務めました。
福田惠「一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる」
2023年4月29日から、招聘アーティストプロジェクトの第2回目【SLAP it Project vol.2】が開催されています。
広島県在住のアーティスト福田惠さんによる新作個展「一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる」(以下『一日朝夕』)の会期は、2023年の8月6日まで。
現代アーティスト 福田惠さんが福山と向き合って生まれた作品
福田さんはこれまで写真、インスタレーション(美術用語・手法については後述)などをおもに用いて、作品制作をおこなってきました。
自然と人工、個と社会、生と死を規定する枠組みをテーマにするなかで、世界各地で取り組んできた「核とエネルギー」の問題に向き合った作品は代表作のひとつです。
2011年の福島第一原子力発電所事故を契機に、広島市出身の福田さんが制作したその作品は、本プログラムでも発表されています。
また今回は、iti SETOUCHIのセンターホールに、福山市内で収集した不用品や廃材で構成したインスタレーション作品を展示。
不用品の中には、繊維のまち福山を印象づける、デニム生地の端材や織機のパーツなども。
日常生活の痕跡を残した素材で組み立てられた作品は、当地ならではの特徴をはらみ、地域の鑑賞者にせまります。
電飾や電化製品など、作品内のさまざまな装置がライブで稼働するのも作品の特徴。
その熱・動力源には、屋外に設置されたソーラーパネルによって、その日、そのときに作り出されたエネルギーが利用されているのです。
地元とのつながりでは、企業から不用品の収集や廃材の提供、ソーラーシステム構築の技術協力を得ています。
インスタレーション作品は、引き続き制作をおこない、そのもようはセンターホールにて公開中です。
今後も手を加えながら作品は変化し、刻々の日照状況を反映したソーラーシステムからエネルギーが供給されます。
福田さんの作品はiti SETOUCHIのセンターホールのほか、コワーキングスペース tovioで写真やドローイングなどの過去作品を展示。それらは有料(tovioの利用料金)で鑑賞できます。
作品制作を支援する福山市の企業
かこ川商店は、不用になったモノとの向き合い方を地域と共に考える“循環型地域”を目指すユニーク企業。
『一日朝夕』で使用されるのは、電力会社が供給する電力ではなく、iti SETOUCHIの南側に備え付けられたソーラーパネルを電源とするもの。
平成30年7月豪雨災害によって水没し、再利用されずに廃棄処分を待っていたソーラーパネルが選ばれています。
南瓦工房が、検査点検したリサイクル品を設置しました。
人々の生活を潤してきた過去の記憶に価値を見出すのもアートならではの視点です。
篠原テキスタイルは古着を解体・再構築したり、裁断くずを用いてアップサイクルするプロジェクトや、規格外の生地を加工した素材の開発などに取り組んでいます。
インスタレーション(美術用語)とは?
福田さんの作品を鑑賞するうえで、知っておきたい「インスタレーション」は、作品展示のために設えた空間を含めて、作品とみなす手法です。
展示空間は、美術館やギャラリーに限らず、ビルや工場、歴史的建造物、居住地なども対象となります。
他では成立しにくい、その場、そのときの限定された希少性がインスタレーションの特徴といえます。
またその空間の音環境や光の具合、温度、湿度などを、鑑賞者は知覚機能で作品を認識し、体験できるのです。
福田さんは、音や光、匂いや概念などの非物質を含む、地球上の万物を素材として選択できる点に、圧倒的な自由、魅力を感じるといいます。
そのため制作において、場所、素材、現わされるべきことの膨大な選択肢から、繊細な決定を何度も積み重ねているのだそう。
福田惠さんの作品紹介
福田さんの興味の対象が場所や時を問わず、縦横無尽に感じられる作品を、今回の展示からいくつか紹介します。
- 東西ドイツの統合によって、急激な都市開発が進められるなか、福田さんは消滅する空き地に造花を植えることで、目まぐるしく変容する街に介入します。よそ者として透明な存在の自身を可視化しようと試みたパフォーマンス。そのときの都市風景の観察記録。
- 福田さんの祖父は植物の栽培や品種改良を指導する植物技師。生前に残した写真から、季節の草花や果樹を栽培し、理想の終の住処を構えていたことが認められます。祖父の死後、福田さんは荒廃していた庭に造花を植えました。その場で生花に擬態する造花は、象徴的にいまを生きるリアリティーとは何かを問いかけます。1年間にわたり、庭の観察を撮影記録した作品。
- まな板にはそれを使っていた人の痕跡が残ります。その痕跡をドローイングに見たてた作品。まな板を使用者の無意識的な日常の習慣や身体の動きが刻まれた記録媒体とすると、人とモノとの違った関係性がうかがえます。
- クリンゴン式茶会用茶器の制作のために描かれたイメージドローイング。2つの開口部をもつ茶器は思想や思考をその中で折衷し、他者と共有する象徴として想定されました。実用性をそなえた茶会儀式の茶碗も展示されています。
- 表裏や外内、男女、愛憎など背反する二面性、また両義性を2つの顔で示し、それらが1つの頭部に存在することで、相反/同化を繰り返すようすを描いています。
tovio(iti SETOUCHI)では、美術館のようなマナーを求められることはないので、会場で配布されているハンドアウト(資料)をもとに、気心の知れた仲間との対話しながら作品を楽しむこともできます。
参加者との対話、ギャラリーツアーから感じたこと
スタディ・ミーティングの参加者から受けた印象は、次のようなものでした。
- さまざまなアート鑑賞の引き出し(価値基準)が増えると楽しい、といった好奇心を携えて余暇を過ごしている。
- クリエイティブな問いを周囲と共有することで、それまでの仕事や暮らしがよりよいものになったという経験がある。
現代アートの展覧会には、アート自体への関心はもちろん、創発的な感度の高い人々を集める力があるのではないかと感じました。
また今回、広島市内から来たという参加者が多かったように見受けられました。
広島市には公立の現代美術館もあり、アートとのフラットな距離感を醸成する環境が整っていることと無関係ではなさそうです。
福山でも、そうした需要の受け皿となり、現代(同時代)とともにあるアート施設が求められていたのでしょう。
「広島 G7 サミット」から 「8.6 ヒロシマ 原爆の日」へ
本展の作品は、ヒロシマの記憶継承などとも通底しています。
今年は広島で G7サミットが開催され、核軍縮・不拡散のメッセージをどのように発信するかということに関心が集まりました。
会期の最終日2023年8月6日には「How to Keep it in the Body ~ ヒロシマのアーカイブについて考える ~」を開催予定。
同じく1945年の戦災では、福山も8月8日の空襲で焦土と化しました。
その復旧・復興に、iti SETOUCHIの運営事業者、福山電業(株)がかかわっています。
当時の電力を基盤として福山のまちは再起を遂げて、いまに至っているのです。
そうした市民に渇望されて取り戻した電力についても、不安定に電力供給されるインスタレーション作品は、現在の視点から考えさせてくれます。
おわりに
センターホールの広い吹き抜けに組み立てられた作品を見ると、一つひとつの部材から生活の面影を感じる一方で、ある種異様な感覚を覚えます。
デパート時代の煌(きら)びやかなの記憶がある人ほど、かつてのイメージをくつがえされるようで、戸惑うのではないでしょうか。
しかし観念的でとっつきにくいことはなく、大量生産された実用品と繊細なアートの視点が混ざり合う面白さがあります。
不思議と個人的には、今回の進行役でミュージシャンの顔を持つ水木さんが、センターホールの中でライブ演奏するようす(このMVのような感じ)を妄想しました。
これまで福山市街でインスタレーションの展示を鑑賞できる機会は、ほとんどありませんでした。
制作を通して福山市街やその周辺の環境、人々との交流から、アーティストは何を引き寄せ、どう作品に反映させていくのか楽しみです。
作品が語りかけるイメージの言葉(未来の投影)を、iti SETOUCHIの薄暗がりのなか、五感で捉えてみてください。
it Project 展覧会 vol.2 福田惠『 一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる 』のデータ
名前 | it Project 展覧会 vol.2 福田惠『 一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる 』 |
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期日 | 令和5年(2023年)6月3日(土)午後3時~午後6時 |
場所 | 広島県福山市西町1 1-1 1F |
参加費用(税込) | 1,000円(ワンドリンク付) |
ホームページ | Setouchi L-Art Project: SLAP |
アメリカの人気SF TVドラマシリーズ『スタートレック』に登場する、クリンゴン星人の茶会のシーン。その場面では、茶の文化を持つクリンゴン星人が茶会を設け、地球人をもてなします。しかしその茶は地球人が飲むと死に至るもので、やむなく解毒剤を入れて飲むのです。そこに一方の慣習や文化・思想がもう一方にとって、歓迎すべきものではない「毒」にもなるという暗喩を読み取れます。しかし毒(障壁)を克服する知恵や関係構築の可能性も示唆しています。