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いろは丸展示館の館長・赤松 宏記さんへインタビュー
いろは丸といろは丸事件についてや、沈没地点の調査などについて知れるいろは丸展示館。
館長で「鞆を愛する会」の赤松宏記(あかまつ ひろき)さんへインタビューをし、沈没したいろは丸の潜水調査のことや、開館の経緯などの話を聞きました。
いろは丸の潜水調査が始まったキッカケ
いろは丸の海底調査は、どのような経緯で始まったのか。
赤松(敬称略)
もともと私たちは「鞆を愛する会」という町おこしの有志グループなんです。
地元の漁師さんのあいだで「鞆の沖合に漁具が海底で引っかかって敬遠している場所がある」という話がずっと前からあったんです。
その場所が龍馬のいろは丸沈没地点ではないかという噂でした。
そこで私たちは町おこしの起爆剤になるんじゃないかということで、いろは丸の調査をしてみたんですよ。
まずは漁師さんに、その場所に連れて行ってもらうところから始まりました。
昭和62年(1987年)のことです。
当時の漁船はレーダーなんて付いていなかったので、5〜6回は行ったでしょうか。
いろいろなかたが協力してくださったので、助かりました。
大阪の建築会社、神戸の船のレーダー製造会社、ソナー(音波で海中を調べるもの)を貸してくれた会社などが協力してくれたんです。
昭和63年(1988年)4月に、ソナー調査で海中に船影を確認しました。
それで、本格的に調査を始めようということになったんです。
本格的な潜水調査は、いつから?
赤松
昭和63年5月に第1次の本格的な潜水学術調査がおこなわれました。
鉄材などが引き上げられて、これを当時の日本鋼管(現 JFEスチール株式会社 西日本製鉄所)の鉄工研究所で分析してもらったんです。
分析の結果、19世紀のヨーロッパ製のものとわかり、いろは丸である可能性が高まりました。
ドキドキしましたね。
それで10月に第2次調査、翌1989年(平成元年)2月に第3次調査と続けておこなったんです。
第2次・3次調査でも、たくさんの遺物が引き上げられました。
海底の調査や引き上げの遺物などを専門家に調査してもらい、いろは丸であるとほぼ断定されたんですよ。
「やはり!」と思わず声を出してしまいましたね(笑)
私たちの活動が実を結んで、うれしかったです。
その後、いろは丸展示館の開館後の平成元年9月と平成16年(2004年)にも潜水調査をおこなっています。
調査で大変だったことは?
赤松
実は、調査にかかる費用が膨大なんですよ。
1日の調査だけで約150万円もかかりました。
ダイバーさんの委託料金とかが大きかったですね。
福山駅前で募金活動したり、鞆の浦のTシャツなどのグッズを販売したりして資金を集めました。
資金集めが一番大変でしたね。
地元有志の協力でいろは丸展示館が存続へ
いろは丸展示館は、どういった経緯で開館した?
赤松
ちょうど平成元年(1989年)に、広島県が「海と島の博覧会」を開催することになったんです。
それで福山市が目玉企画として、我々のいろは丸調査に目を付けていただきまして。
海と島の博覧会の会場のひとつとして、現在のいろは丸展示館の場所に、いろは丸調査の遺物や調査のようすなどを展示することになりました。
開館は、博覧会の開始と同じ平成元年7月。
しかし10月の博覧会終了後、展示施設は片付けることになっていたんです。
ただ私たちは「それはもったいない!」ということで、市と大家さんに話をし、博覧会終了後の11月からは「いろは丸展示館」として私たち鞆を愛する会が運営していくことになりました。
現在のいろは丸展示館は、博覧会当時と一部を除いてほぼそのままですよ。
現在いろは丸展示館がある建物は、元は蔵だと聞いたが。
赤松
そうですね。鞆の名産である保命酒(ほうめいしゅ)の原材料、モチ米や薬草などを保管している蔵でした。
今の常夜灯横のところに船を着け、そこから蔵に入れていたそうです。
もともとこの蔵は鞆で一番大きな蔵だったので「大蔵」と呼ばれていました。
所有していたのは、保命酒の醸造・販売をしていた中村家。
築年数は約300年もあって、建物自体もいろは丸展示館の魅力ですよ。
広島県内でも比較的早い時期に、登録有形文化財に指定されていました。
中村家は明治時代に保命酒の商売はやめ、それからは太田家が所有しています。
その後はいろいろなかたに貸し出しされ、船大工の倉庫や、海水浴場の道具置き場などになっていました。
鞆の海とともにいろは丸展示館も楽しんでほしい
今後の展望があれば、教えてほしい。
赤松
令和2年から令和3年は、新型コロナウイルス感染症の流行でお客さんは約90%減。
厳しい時期ですが、開館日を土日祝日に限定するなどして乗り切っています。
お客様にはご迷惑をおかけしますが、コロナ禍を乗り切って、ぜひまた多くのかたにお越しいただけたらうれしいですね。
当館は海がすぐそばにあります。
ここまで海が近いのは珍しいという声もよく聞きますね。
ぜひ一度いろは丸展示館にお越しいただき、鞆の海とともに楽しんでもらえればと思います。
鞆の浦と坂本龍馬を結びつけた「いろは丸事件」
坂本龍馬と鞆の浦を結びつけた「いろは丸事件」について紹介するいろは丸展示館。
沈没したいろは丸の調査は、地元有志のかたの努力で実現していたとは知らず、とても驚きました。
いろは丸展示館は、観光で鞆を訪れたらぜひ寄ってほしい施設です。
日本の歴史のキーパーソンのひとりである坂本龍馬が鞆の街を歩いていたと考えると、鞆散策が楽しくなるのではないでしょうか。
いろは丸展示館のデータ
名前 | いろは丸展示館 |
---|---|
所在地 | 広島県福山市鞆町鞆843-1 |
電話番号 | 084-982-1681 |
駐車場 | なし |
開館時間 | 午前10時〜午後5時 ※ 入館は午後4時30分まで (新型コロナウイルス感染症拡大対策として、当面は土日祝祭日のみの開館) |
休館日 | 月、火、水、木、金 新型コロナウイルス感染症拡大対策として、当面は平日と年末年始を休館 (通常の休館日は年末年始のみ) |
入館料(税込) | ・小学生以上:200円 ・未就学児:無料 ・団体(30名以上):一般 150円、小中学生 100円 |
支払い方法 |
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予約について | 可 団体のみ |
タバコ | 完全禁煙 |
トイレ | なし |
子育て | ベビーカーの入館可 |
バリアフリー | 入口に段差あり |
ホームページ | 鞆と龍馬といろは丸|鞆の浦(とものうら).jp |